第543話 石牢 3
「水とパンだ」
石牢の下部に作られた小窓から差し入れられたトレイ。
その上に載っていたのは、1人前にも満たない少量の水とパン。
「何だこりゃ! こんなもんで足りるわけねえだろ」
「……」
「1日放置して、この量はどういうつもりだ!」
22時間も石牢に閉じ込めたまま。
事情聴取どころか、こちらの様子を見にくることさえなかった。
やっと下りてきたかと思ったら、少量の水とパンだけ。
「っつうか、さっさと出しやがれ!」
「……」
「顔に1発入れたくれえで、いつまでも閉じ込めるってなぁ、あり得ねえだろうが」
「……」
「てめえら、何考えてやがる?」
「……」
「黙ってんじゃねえぞ!」
答える気はない、か。
「……」
これまでの状況。
衛兵の態度。
もう間違いない。
普通の勾留じゃないな。
裏で何らかの思惑が働いている
「てめえ、喋れねえのか!」
「……」
「ちっ、だんまりでもいいから、こっから出せや!」
この衛兵、まったく反応を見せない。
ずっと無表情のままだ。
「取り調べでも何でも受けてやっからよ」
「……まだ元気だな」
おっ、喋ったぞ。
と思ったら、もう階上に戻ろうとしている。
「おい、待て!」
たった一言呟いたのみ。
指示も何もなく、ただそれだけで。
「待ちやがれ!」
ギリオンの叫びに振り返ることもなく、去ってしまった。
「あんの野郎!」
「……」
「ふざけんじゃねえ!」
ほんと、ふざけた対応だ。
「ちっ! まだこのままかよ!」
ああ。
しばらく放置が続くんだろうな。
「コーキ」
衛兵が去った階段をしばし凝視していたギリオンが、こちらに視線を向けてくる。
「時間がもったいねえ」
「そうだな」
「オレはやることがあんだ!」
それは、俺も同じ。
限られた王都滞在時間の中で、すべきことが幾つもある。
「こうなりゃ、自力で脱獄するしかねえぞ」
「……」
やはり、それを考えなきゃいけないのか。
しかし、実際に脱獄するとなると……。
ギリオンの暴行以上の罪になるのではという不安が。
どうしても頭に過ってしまう。
「で、算段はつきそうかよ」
とはいえ、まだ脱獄の手段を手に入れたわけじゃない。
まずは脱出手段を見つけるべき。
実際に行動に移すかどうかは、その後に考えればいいだろう。
「コーキ?」
「今は色々と試している」
「ってことは、何とかなりそうってことか?」
「まあ、それなりには」
「おう、さすがコーキだぜ」
相変わらず、調子がいい奴だな。
「ギリオンも脱出方法考えろよ」
「ん? オレが?」
お前以外に誰がいる。
「コーキ、そりゃあ無茶ってもんだ」
「……」
「このオレが脱獄方法なんざ、見つけられるわけねえだろ」
こいつ、言い切ったな。
「オレは剣だけだからよぉ。コーキ、頼むぜ」
「……」
何というか。
あまり認めたくはないものの、妙な清々しさを感じてしまうな。
まあいい。
適材適所って言葉もある。
ここは俺が考えてやろう。
ただし。
「脱獄方法は俺が考えるから、おまえも事情を話せよ」
「……」
「王都に残って何をしてたんだ、ギリオン?」
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<ヴァーンベック視点>
「勾留されてんのは、コーキとギリオンって冒険者か?」
「名前は知らされていない」
「なら、面会はどうだ?」
「……」
「今すぐ、面会できんのか?」
「面会も許されていない」
「許可されてない? それはおかしいだろ」
「……」
「そもそも、ただの暴行事件なんだ。長期の勾留だけでもおかしな話なんだぜ」
その上、面会まで許されないとは。
いったい、どうなってんだ?
「おかしくはない。決まりだからな」
決まり?
特例で決めたってか?
「諦めて立ち去るように」
「……」
ここで手詰まりかよ。
まいった。
どうにも打つ手がねえぞ。
こいつら、面会の許可どころか、何も話してくれねえしな。
「……」
レイリュークからも話を聞けなかった上に、ここでもとなると。
このまま待つしかねえのか?
いや、それは……。
今回の件は、妙にキナ臭い。
早めに手を打たねえと、厄介なことになりそうな予感がする。
「……」
っとによぉ。
こっちはシアのことで手一杯だってぇのに、あいつら何やってんだか。





