第542話 石牢 2
「魔法が発動しねえ?」
「……ああ」
「そりゃ、どういうこった?」
「分からない。ただ、この感覚は……」
体内で生じた魔力が体外に出ようとした瞬間に霧散する感覚。
経験があるぞ。
夕連亭でオルセーと戦った時、魔法が使えなかったあの時だ。
「ん、どした?」
「……魔法発動を阻害する何かが設置されているんじゃないか」
「魔道具かよ?」
「おそらくは……」
ただ、この石牢とも呼べる室内には魔道具の類は見当たらない。
道具なんか何ひとつ置かれていないんだ。
「ここにゃあ、何もねえぞ」
「……」
「魔道具は外にあんのか」
「ああ、その可能性が高い」
「……どうする?」
「外にある以上、この部屋の中から魔道具を破壊することはできないな。そもそも、破壊する以前に魔道具の存在が確定できないだろ」
「なら、魔法を使えないままってか」
「……」
「魔法を使えねえで、脱出できんのかよ?」
「……難しいだろうな」
「それじゃあ、ずっと閉じ込められたままになんぞ!」
「慌てるな、ギリオン!」
「この状況で落ち着いてられねえだろうが」
「まあ、待て。魔法が使えなくて焦るのは俺も同じなんだ。ここは一度冷静に考えてみろ」
「……」
「今日ここから出れないと決まったわけじゃない。むしろ、解放される可能性の方が高い」
「……」
「今日の午前中か、遅くとも夜には釈放されるはずだ」
「コーキはそう思ってんのか?」
「……ああ」
嫌な予感はするものの。
冷静に考えてみると、あの程度の暴行で何日も勾留されるわけがない。
そう、冷静に判断するなら、すぐにでも釈放されるはずなんだ。
「分かったよ。少しだけ待ってやらぁ。けど、夜になっても出れねえなら、そん時は」
「その時は?」
「脱出だ!」
「魔法は使えないんだぞ」
「だから、夜までに脱出方法を考えんだよ。頼むぜ、コーキ」
「……」
頼まれて、何とかなることじゃないが。
いろいろ、試してみるか。
そんな思いで過ごす石牢での時間。
居心地は決して良くないものの時間の経過だけは早いようで、気付けば夕刻になろうとしていた。
「あいつら、顔も出さねえな」
この石牢は衛兵詰所の地下に設置された堅牢な閉鎖空間であるため、上階の音はほとんど聞こえてこない。それでも、気配を探れば衛兵たちの様子は簡単に知ることができる。
「ホントに、上にいんのか?」
「ああ、衛兵は常駐しているようだぞ」
「ってことは、無視してんのかよ」
無視なのか?
それとも、単に忘れているだけか?
どちらにしても、考えられないことだ。
「おい、おめえら、顔くらい出せ!」
「ここに出てこいや!」
「出てきて、解放しやがれ!」
ギリオンが天井に向けて叫ぶも、反応はなし。
これまでも何度か試したが、衛兵たちに変化は見られなかった。
「腹に入れるモンくれえなぁ、持って来るもんだろうがよぉ!」
その言葉通り。
俺たちは昨夜から何も与えられていない。
水も食料も与えられず、22時間も閉じ込められているのだ。
「おめえら、どういう了見だぁ!」
「頭、おかしいんじゃねえのか!」
当然のように、何を叫んでも反応はない。
「ちっ! コーキの食料がなけりゃ、どうにかなってたぜ」
結局、収納の中に保存してあった食料と水でしのいだわけだ。
「しっかし、あいつらぁ」
「……」
「いつまで無視しやがんだ」
たった一発殴っただけで勾留され、ほぼ一日何も与えられず放置されたまま。
俺の考える一般的な対応とはかけ離れている。
普通じゃ考えられないこと、だが。
「王都では、こういう扱いはよくあることなのか?」
「ここでのことは知らねえ。けどよ、オルドウじゃ考えられねえぞ」
「オルドウも王都も同じキュベリッツ国内。ということは、明らかにおかしいな」
「ああ、おかしい」
ということは、何かあるのか?
裏で何かが行われていると?
いや、それもおかしな話だぞ。
俺は王都キュベルリアに特別な縁はない。
何かを画策される覚えも、もちろんない。
ギリオン……か?
といっても、こいつも王都は長くないはず。
この短期間に、何かに巻き込まれていると?
「ギリオン、おまえは王都で何してたんだ?」
「ん? 剣の仕事だな」
「危ない仕事なのか?」
「剣の仕事に安全な仕事なんてねえだろ」
「それはそうだが、何というか、そう、陰謀の匂いのする仕事なんかに手を出してないよな?」
この愛すべき単純剣士が陰謀なんて関係ない。
そう思いたいけれど。
「……」
その反応は何だ?
不穏な仕事に関わってるのか?
「どうなんだ?」
「そいつぁ……」
どうにも歯切れが悪い。
ということは……ん?
「おい、コーキ!」
「ああ」
分かってる。
ようやく衛兵が下りてくるようだな。





