第541話 異変
<ヴァルター視点>
昇り始めた陽に覚醒させられるように、純白の屋敷が蜂蜜色に染まっていく。
白壁も白屋根も前庭も中庭も、すべてがそれに飲み込まれ、今日もまた新たな時を迎える。
そんな爽やかな空気の中。
オレの身体には疲労と、そして若干の戸惑いが残っている。
屋敷に戻るべきかどうか?
「……」
「誰も襲ってきませんでしたね」
「……そうだな」
ここ数日、絶えることのなかった夜の襲撃。
昨夜はそれがまったく見られなかった。
その事実に、朝を迎えた今もなお違和感を覚えてしまう。
目の前のウォーライルも同じだろう。
「どう思います?」
「無駄だと悟ったのではないか」
「なるほど」
「貴殿の考えは?」
「ヴァルター殿と同じ、もしくは敵の狙いが変わったかと」
「……」
ウォーライルの言う通り。
敵がやり方を変えてきた可能性は十分に考えられる。
ただ、そうなると次の一手がどうなるか?
単純な襲撃には、こちらも武力で対応すれば良いだけだったが……。
「もちろん、昨夜だけという可能性もありますが」
「昨夜だけ、か」
昨夜だけと言えば、もう1つ。
これまでと違うことがあった。
あいつ、何があったんだ?
と、思索に入りかけたところに。
「ウォーライル、ヴァルター、今朝もご苦労だったな」
姿を現したのは、この屋敷の持ち主であるレザンジュ第一王女。
「エリシティア様、おはようございます」
「おはようございます」
ウォーライルとともに挨拶の言葉を。
「うむ」
王女から返ってくるのは、短い一言。
「……」
早朝であろうと深夜であろうと、彼女の放つ空気には変わりがない。
今も鋭利な刃を思わせる空気を纏っている。
魔法は使えるといっても、剣は素人に毛が生えた程度。
であるのに、この空気。
この人も尋常ではない、ということだ。
「……今日は客人が少ないようだな」
「はっ、珍しいことに」
「ふふ、飽きたのかもしれんぞ」
「……」
「して、ギリオンの姿が見えぬようだが?」
そう。
そこが、昨日までと違っている。
「昨夜から、屋敷にも姿が見えませぬ」
「ふむ。屋敷にもおらぬか」
「メイドの話によると、夕刻前に外に出たきりとのことです」
「……珍しいな」
王女の言うように、珍しいことだ。
オレがこの屋敷に来て以降、ギリオンが外で一夜を過ごすところを見たことがないのだから。
比較的穏やかな頃でも、そうだった。
それなのに、この生臭い状況で戻って来ないとなると……。
「何かあったのではないか?」
「調べましょうか?」
「ふむ、手は足りておるのか?」
「簡単に調べるだけでしたら」
「ならば、疾く調べよ」
「はっ!」
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<ヴァーンベック視点>
「ヴァーン、そんなに慌ててどうしたの?」
「ちっと問題が起こったみてえだぞ」
「えっ?」
「昨日、レイリュークの道場で喧嘩騒ぎがあったらしい」
いつも通り、今日も朝から王都を回っていたんだが、そこで思わぬ情報を手に入れちまった。
レイリュークと2人の男が争いになったという話だ。
「……それが、問題?」
「ああ、シアは知らねえんだったな」
「……」
「レイリュークってのは王都でも指折りのジルクール流剣士でな、ギリオンとも浅からぬ縁がある奴なんだが」
「まさか、ギリオンさんが喧嘩をしたの?」
「……分からねえ。そもそも、ギリオンが今このキュベルリアにいるかどうかも定かじゃねえからよ」
「だったら?」
「ギリオンは分からねえが、コーキは王都にいてもおかしくねえだろ」
「うん、先生も王都に来るって言ってたから。えっ、まさか、先生が喧嘩を?」
「聞いた話によると……容姿がコーキっぽくてな」
「先生が王都で喧嘩……」
「かもしれねえ」
「でも、先生がむやみに喧嘩するとは思えないわ。何か理由があるはずよ。って、喧嘩なら大きな問題じゃないよね?」
「冒険者や剣士の喧嘩なんて、普通なら問題にもならねえな。けど、今回はどうも様子が違う」
オルドウじゃあ、ちょっとした喧嘩は日常茶飯事。
余程のことがない限り、問題になることもなかった。
ただ、ここは王都だ。
取り締まりが厳しくても不思議じゃない。
「喧嘩で先生が捕まったってこと?」
「ああ……。否定できねえな」
「そんな、先生!」
俺も信じたくねえ。
けど、噂がそれを語ってるんだ。
その上。
「もうひとつ」
さらに厄介なことに。
「一緒に捕まった奴の風体が、ギリオンに似てんだよ」
「えっ、さっきギリオンさんは王都にいないって?」
「いないとは言ってねえ。コーキと違い、可能性は高くないと言っただけだ」
「……」
「ただ、一緒にいたのがコーキだとすると、可能性も高くなる」
「先生とギリオンさんが喧嘩で捕まった……」
「……」
「でも、捕まったとしても、喧嘩ならすぐ解放されるよね?」
「そう思いたいが、妙な噂を聞いちまったからよ」
「変な噂?」





