第539話 衛兵
「こいつぁ、マズいぜ」
ピイィィィィ!!
ジンクの声をかき消すように響き渡る警笛。
鋭く伸びる無機質な高音が、事態の深刻さを告げてくる。
俺の腕の中では、もがいていたギリオンも嘘のように動きを止め。
「コーキ!」
振り向いた目の中には、焦りさえ見てとれる。
そういう状況だ。
ピイィィィィ!!
警笛とともに聞こえる足音。
野次馬の後ろから近づいて来るのは。
「兄さん、衛兵だぞ」
「……みたいですね」
今はもう、はっきりと視認できる。
衛兵たちの近づいて来る姿が。
「どうするよ、コーキ」
「……」
ここで取れる選択肢は?
「兄さん?」
さっきの広場とは状況が違う。
大人数の観衆に囲まれ、こちらの姿を捉えられてはいなかった広場からの逃走に対して今は……。
「逃げっか?」
「逃げるなら、今だぜ」
「おまえたち、逃げても無駄だぞ」
「黙れ、レイリューク!」
「……」
本音を言うなら、逃げたいところ。
ただ、ここでは。
「逃げても、私が衛兵に告げるだけだ」
その通り。
仮に逃走に成功したとしても、レイリュークさんが衛兵に事情を話せばそれまで。
いや、逃走という事実が事態を悪化させる可能性すらある。
実際のところ、ギリオンが手を出したと言っても、素手の1発のみなんだ。
これまでの経緯を踏まえれば、大きな問題はないはず。
いや、それどころか。
悪くないんじゃないか。
ギリオンが広場で斬りつけられた事実を証明できれば……。
ピイィィィィ!!
「時間がないぞ、兄さん」
「コーキ!」
「……私たちはここに残ります」
「おい、残んのかよ」
「ああ、そうしよう」
「ちっ!」
それで。
「ジンクさんは?」
「……わりいが、この後も仕事があってよ」
できれば、一緒に残って証言してほしいが。
レイリュークさん同様、衛兵からも仲間認定される可能性が高いだろう。
なら、まあ……。
「失礼させてもらうぜ」
「……気をつけて」」
「兄さんたちこそな」
「おめえだけ、逃げんのか」
「ああ、悪いが、ここまでだ」
その言葉を残し、走り去っていくジンク。
入れ替わるように、現れたのが衛兵。
「動くな!」
結構な人数だな。
「どうすんだ、コーキ」
「……」
「オレは、こんなとこで時間潰してる暇ねえんだぞ」
「……」
冷たい石壁で囲まれた狭い部屋に、ギリオンの苛立った声が反響する。
「くそっ!」
レイリュークさんの道場の裏で衛兵に囲まれた俺とギリオン。
結局、詰め所に連れて行かれ、そのまま勾留されることになってしまった。
たった1発の顔への拳撃。
俺にいたっては、手を出してすらいない。
それで勾留とは……。
信じがたいことだ。
「すぐに出れんだろうな?」
「……多分な」
「ちっ!」
俺もギリオンと同じ。
こんなところで、ゆっくりしている時間はない。
王都ではやることが沢山あるんだからな。
今夜か明朝には釈放してもらう必要がある。
もし釈放されないなら……。
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<ジンク視点>
「厄介なことになっちまった」
「問題が起こったのか?」
「ああ」
「どちらの仕事だ?」
「どっちもだな」
「どちらにも問題が?」
「ああ、どっちもだ。が、今はあの兄さんの方が厄介かもしれないな」
「……」
いつもと同じ宿。
いつもと同じ定時報告。
告げる相手も変わりはない。
ただ、今回は少々面倒なことになっている。
「詳しく聞こうか」
「ああ」
「なるほど。それは面倒なことになっているな」
「だろ」
「ただ、大きな問題というわけでもない。まだ何とでもなる状況だ」
「……」
「お前も知っての通り、南での仕事に比べれば何てことはない」
「あれに比べれば、大抵のことは問題じゃなくなるぞ」
あんな仕事、オレは手を出したくない。
「ああ。だから、おまえには白都で頑張ってもらわないとな」
「分かってる。明日も朝から働いてやるよ」
「ふむ。任せたぞ」
仕事は仕事だ。
任されてやる。
「それで、黒都の方はどうなんだ」
「あっちも、何とか上手くやっているようだぞ」
「ほう、あいつが真面目に働いてるのか?」
「真面目かどうかは怪しいもんだが、イリアルは仕事だけはしっかりこなす奴だからな」
「仕事ができるって点では、おまえと同じか、メルビン」





