第538話 嘲り
「一歩でも足を踏み入れたら不法侵入だ」
不法侵入ときたか。
「分かったな!」
この世界の法律に詳しくない俺でも、許可を得ず住居に押し入ることが法に触れるであろうことは理解できる。
今日は、これ以上は難しいか……。
「ふざけんなよ、レイリューク!」
「……」
「ごちゃごちゃと、屁理屈並べやがって」
「屁理屈ではない。正論だ」
「何が正論だ。 適当なこと言ってんじゃねえぞ」
「本当に……。おまえは愚かだな」
「愚かだと! はっ! 罪をごまかすおめえに言われたかねえぜ」
「……」
「屁理屈ばかりのおめえにゃあ、用はねえ。そいつをさっさと引き渡して、屋敷に戻りやがれ」
「話にならん」
「話なんてどうでもいい。そいつを渡しさえすればな」
「……」
「渡さねえなら、こっちにも考えがあるぜ」
何を考えている?
ここで軽挙はやめてくれよ。
既に夕暮れ時とはいえ、この騒ぎだ。
門弟に加え、野次馬まで集まりつつあるんだからな。
「兄さん、筋肉くんは大丈夫なのか?」
「……大丈夫、だと思います」
ギリオンも成長しているんだ。
さすがに、ここで剣は抜かないはず。
そう思いたい。
が、もしもの時は……。
俺が止めるしかない。
ギリオンに剣は抜かせない。
「このような阿呆を、過去に道場に入れていたとはな……。おまえの友の頼みを聞き入れたこと、今は悔やまれるわ」
「ああ? 何のことだぁ?」
「知らぬのか?」
「知らねえから聞いてんだろうが!」
「おまえと仕合い、雇ってやった理由だよ」
「……」
「あの長髪の冒険者が頼み込んできたから、受けてやったのだ」
「なっ、ヴァーンがか?」
「ふむ。何度もな」
ヴァーンが、レイリュークさんに頼み込んでいた?
散々、ギリオンをからかっていたヴァーンがそんなことを?
「しかし、おまえのような者を推すとは奴も」
「……」
「奴も、救いがたい男だ」
「……」
「愚か者」
「……」
「痴れ者だよ」
「……黙れ」
まずい!
ギリオンの剣気が上がっている。
「オレのことはなぁ、何と言ってもいい。馬鹿にしてもいい」
気持ちは分かるが、耐えてくれ。
「けどなぁ! あいつのことはなぁ……」
「何だ?」
ギリオンが剣に手を伸ばしている。
やめろ!
今は剣を抜くな!
「ギリオン、やめろ!」
「ヴァーンのことはなぁ!」
だめだ。
俺の声なんか耳に入っちゃいない。
「馬鹿にすんじゃねえ!!」
レイリュークさんに向かって飛び込んだ!
そのまま剣を……抜かせはしないぞ。
飛び込むギリオンの後ろから、強引に剣帯を引きはがしてやる。
「ちっ!」
が、止まらない。
剣を奪われたギリオンは素手でレイリュークさんの前へ!
そして……。
「先生!」
「手を出すな!」
ギリオンの右拳がレイリュークさんの顔面に。
バシィィィ!!
叩き込まれた。
「ぐっ」
「先生!」
「「「「「「「「先生!」」」」」」」」
傍らの長身剣士、さらには道場から出て様子を窺っていた門弟たちが声をあげる。
駆け寄ろうとする。
「「「「「「「「おおぉ!」」」」」」」」
周りにいた数人の野次馬からも声が。
「……問題ない」
門弟を制するように腕を振るレイリュークさん。
「「「「「「「「しかし」」」」」」」」
「大丈夫だ」
「「「「「「「「……」」」」」」」」
剛腕ギリオンの右拳。
顔面でまともに受けたら立ってはいられないだろう。
ただし、レイリュークさんは剣の達人。
上手く勢いを殺しながら顔で拳を受けたんだ。
さすがだよ。
「コーキ、何しやがる!」
対するギリオンは、数歩後退した俺の腕の中。
なおも拳を出そうと、もがいている。
とりあえず、2撃目を阻むことはできたか。
「気持ちは分かるが、今は冷静になってくれ」
「……放せ」
「レイリュークさんは何もしてないだろ」
おまえとヴァーンを馬鹿にしただけだ。
まあ確かに、俺も頭にはきている。
が、あれは単なる言葉。
挑発の可能性すらあるんだぞ。
「これ以上手を出したら、おまえが罪人になってしまう」
「っ!」
「それじゃあ、意味ないだろ」
「……」
よし。
少しは冷静さを取り戻したようだ。
っと。
レイリュークさんが近づいて来たか。
「ギリオン、やってくれたな」
「……」
「申し訳ありません。こいつ、頭に血が上ってたんです」
「オレは悪かねえ!」
「ギリオン、黙ってろ」
「……」
「今の行為については、謝罪しますので」
「言葉での謝罪など、受け入れられないな」
「そちらの剣士の剣撃とは違い、拳の1発ですし。今回は何とか」
穏便に済ませてくれ。
「兄さん、1撃でもマズいかもよ。ほら……」
何だ?
「……」
ピイィィィィ!!
夕闇に響き渡る警笛。
これは、衛兵!
野次馬の後ろに衛兵が!





