第535話 待機
キュベリッツ国内で剣術と言えばジルクール流を意味する。
そう称されるくらいに多くの門弟を抱えるジルクール流剣術。
キュベルリアも例にもれず、ジルクール流道場が多数存在している。
その中でも王都随一との呼び声が高いのがレイリュークさんの道場らしい。
「で、どうするよ?」
今はギリオンと2人、レイリュークさんの道場正門から少し離れた物陰に身を潜めているところだ。
「ギリオンはどうしたい?」
「そりゃあ、突撃だろ」
「このままレイリュークさんの道場を訪ねるってことだな」
「おう。それで、あいつを捕まえてやる!」
ギリオンらしい考えだ。
ただ、それなら、どうして俺に尋ねた?
ここで待機しているのはなぜだ?
「そう思っているなら、俺の意見など聞かず今すぐ道場を訪ねればいいんじゃないのか?」
「まあ、そうなんだけどな。オレの考えはアレだかんよ」
「あれ?」
「……ミスが多いってこった」
「……」
「だからよぉ、こういう時はおめえの意見を聞いた方がいいんじゃねえかってな」
「ギリオン……」
猪突猛進のお前が!
「成長したなぁ。オルドウにいた時とは大違いだ」
「そんなんじゃねえ」
いや、いや、間違いなく成長してるぞ。
さっきの戦闘では無拍子を使い、状況を的確に判断し、今また最善手を見つけようとしているんだから。
「ただ、確率ってやつを上げてえだけだ」
「……」
それを成長って言うんだよ。
ほんと凄いぞ、ギリオン。
まっ、俺もエラそうなこといえる立場じゃないか。
「で、コーキなら、どうすんだ?」
「そうだなぁ……」
このまま道場の中に入るのも悪くはない。
が……。
「今回の件は、あの長身剣士の単独行動なのか、裏に誰かがいるのか? それは分かってないよな」
「おう」
「だから、逃げるあいつを尾行して、ここまで来たわけだ」
「そんなこたぁ分かってる」
「まあ、続きを聞いてくれ」
「……」
「尾行に成功して辿り着いたのがレイリュークさんの道場。じゃあ、ここに黒幕がいるのかというと、それも定かじゃない」
「レイリュークの指示じゃねえのか?」
「分からない。現時点ではレイリュークさんの指示の可能性もあれば、単独犯の可能性もある、もちろん、他に黒幕がいる可能性も」
「別の黒幕がいる場合、道場内にいるのか、道場の外にいるのかも分かってねえよな」
「その通り。つまり、現時点で考えられる可能性は、長身剣士の単独犯行、レイリュークさんの指示によるもの、道場内にいるレイリュークさん以外の者の指示、道場外の誰かの指示。この4つだろう」
「……」
「道場外に黒幕がいるなら、あの剣士を泳がせて尾行を続ければいい。ここを出て黒幕のもとへ向かう可能性が高いからな」
「そうでねえなら?」
「道場を訪ねるだけだ」
「ってことは、ちっと様子見か?」
「ああ、ここで長身剣士を見張る。それで、あいつが出てくるようなら跡をつけよう」
「了解だ! ん? あいつが裏口から出て行ったらどうする?」
「気配感知で今も探り続けているから見逃すことはない」
「はっ、おめぇは便利なやつだぜ」
「……」
「で、どんくらい待つつもりだ?」
「最低でも四半刻(30分)」
「おう、四半刻か。で、あいつが出てこねえようなら、レイリュークに会いに行くってこったな」
「ああ。この方針でいいか?」
「問題ねえ」
なら、ここで待つだけだ。
「……」
「……」
「ところでよぉ、コーキはオルドウに戻ったんじゃねえのか?」
待つこと数分。
時間を持て余したギリオンが話しかけてきた。
「オルドウには戻ったぞ。それで、またキュベルリアにやって来たってわけだ」
「ってことは、何かあったのか?」
「それはまあ、色々と……。あとで、ゆっくり話してやるよ」
話は積もるほどあるが、ここで話す内容じゃない。
「おう、そうだな。飲みながら聞いてやるぜ」
「……ああ」
この件が片付いたら、ギリオンと酒を飲むのも悪くない。
「ところで、アルとシアはどうしてる?」
っ、シアは……。
「テポレン山中でレザンジュ王軍とワディンの戦闘があったらしいからよぉ。ふたりが関わってんじゃねえかと思ってな」
関わってるどころじゃないんだよ。
「おい、コーキ?」
「ああ、ふたりとも元気にしてるぞ」
ふたりとも、元気ではいる。
シアの目の話は……あとだ。
「そうか! それを聞けて安心したぜ」
「……」
「で、ヴァーンの野郎もまだ生きてっか?」
「……もちろん。それより、ギリオンこそどうした? 無拍子なんか、どうやって身に付けたんだ? あれ、短期間で簡単に身に付くもんじゃないぞ」
「おっ、無拍子が分かるたぁ、さすがだぜ」
「まあ、ちょっとな。で?」
「ある人に教えてもらった、っつうか、真似たらできたって感じか」
「真似で身に付いた?」
「おう、模擬戦をしてるうちに自然に、こう、できるようになってたんだわ」
無拍子を自然に?
こいつ、天才かよ。
「模擬戦の相手がな、また凄えやつで……」
「待て!」
これは……裏口に!
「裏口だ。急ぐぞ」
「おい、あいつか?」
「ああ」
この道場が立派だといっても、貴族の屋敷ほどじゃない。
駆ければ、すぐに裏に到着できる。
「いたぞ」
裏口にはふたりの影。
ひとりは、あの長身剣士だ。
よし、これで尾行ができる。
「てめえ、待ちやがれぇ!!」
ちょっと待て!
なに大声で叫んでんだ?
これから尾行なんだぞ。
「っ、お前は!」
ぼら、気付かれてしまった。
「ギリオン……」
「あっ! ……わりい」
「……」





