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第530話  大神殿



「そのような神法はございません」


「エスト大神殿の神殿長様のお力でも?」


「失われた視力を戻すことは不可能です」


「……」


 キュベルリアの正門から白亜宮まで続く純白の大通り。

 その中でも豪奢な建築物が連なる区画に存在するエスト大神殿。


 数多ある建築物の中、ひと際目を引く壮麗豪華な威容が大神殿の力を誇るようで普段なら少々鼻につくところだが、今の俺にとっては心強くさえ感じてしまう。


 この威容は、相応の力を持っているからこそ。

 神殿にとってのそれは神の力に他ならない。

 治癒、治療の奇跡も神の力。


 奇跡の力をもってすれば、シアの視力を取り戻すことができる。

 そう意を強くして乗り込んだエスト大神殿。


 初日は軽く話を聞き、様子を見るだけ。

 2日目は寄付の力で高位神官との面会まで持ち込み。

 そして今日。

 さらなる寄付の力で、副神殿長の話を聞けるまでになったのだ。


 それなのに……。


「何度も申し上げたように、不可能事なのですよ」


 視力を回復させることはできないという。



 主神エストを最高神として崇めるエスト神殿。

 トトメリウス様の言葉からも、あやしい宗教組織だというのは分かっていた。

 それでも、神の力を俗世に顕現させる力を持つ神官が多く存在するという声が耳に入って来たのも事実。


 だからこそ、キュベルリア最初の訪問場所と考えたんだ。


「……」


 神の力を借りたいのであれば、トトメリウス様にお願いすればいい。

 トリプルヘッドによる黒炎の火傷を癒し、セレス様の死病も癒したトトメリウス様ならば、シアの視力を回復させることもできるだろう。


 ただ……。


 トトメリウス様の力は簡単に頼っていいものじゃない。

 今回は、俺やセレス様のケースとは違う。


 加護もない、面識もない、トトメリウス様にとっては単なる小さき者という存在でしかないシアのために御神力にすがるなんて。


 そんな不敬なこと、散々お世話になっている俺が口にできるわけがない。

 自分自身でできることが残っている状況で、そんなこと……。


 だというのに。

 俺の置かれた状況を全て理解した上でなお、助言を与えてくれたトトメリウス様。

 本当に感謝しかない。


 だから今は。

 考えつく全ての可能性を試すのみ。


 あやしくても、金にまみれていても、俗物でも構わない。

 視力を取り戻す方策さえ持っていれば、それでいいんだ。



「副神殿長様、実はある噂を耳にしたのですが」


「いかような噂で」


「エスト大神殿には、四肢の欠損すら完全に癒す神技が存在すると」


「……」


「そのお力、お借りできないでしょうか? もちろん、喜捨に際限はございませんので」


「お心掛けは尊いものですが……」


 なら、奇跡の有無を教えてくれ。

 もし存在するのなら、所在を教えてくれ。


「歳を取ると耳や口がおかしくなりましてな」


「……」


「不自由極まりないのですよ」


 何だ?


「若いあなたには理解しづらいでしょうが」


 何が言いたい?


「独り言もつい出てしまいます」


 なるほど、そういうことか。

 ありがたい!


「いえ。そういうこともあると、よく耳にしますよ」


「……」


「私も若年といえど、さすがに独り言を真に受けることはございません。ましてや、口外することなどあり得ませんので」


「……神の御業は無限なるもの。限界など存在するはずもありません。とはいえ、それを俗世に現出するは人の身。そは有限の身」


「……」


「悲しいかな、大奇跡を顕現される本山の大教主様でさえ、例外ではございません」


「……」


「大教主様のお若きみぎりには可能とされた四肢回復の大奇跡、現在のご高齢のお身体では……」


「……」


「とはいえ、大神力を失くされたわけではございません。支度、膳立てが整いさえすれば現在でも……」


「……」


「おお、これは失礼。またぞろ何か口にしてしまいましたかな」


「いえ、私は何も聞いておりませんが」


「ふむ……」


「……」


「……」


 ああ、そういうことか。


「聞いておりませんが、このような貴重な時間をいただいたことに、感謝の気持ちを残したいとは思っております」


「信心篤きお気持ち、ありがたいことですな」


「では、こちらを」


「ふむ……」


 喜捨に際限ないというのは言葉の綾。

 これで満足してくれよ。


「あなたのような御方には入山証をお渡しせねばならんでしょうなぁ」


 どうやら、足りたようだな。


「本山訪問の前には用意いたしましょう」





****************************


<ヴァーンベック視点>




「今日も1日お疲れ様」


「王都を歩いただけだ、大したことねえよ」


 神薬の手掛かりを得るためにキュベルリアを歩き回っただけ。

 何てことはない。


「それによ、シアの言葉を聞いただけで疲れも吹っ飛ぶしな」


「もう……」


「でも、わりい。今日も確かな情報は掴めなかったわ」


「そんなの、すぐには無理よ。分かってるから」


 神薬なんて口にするのは簡単だが、なかなか見つけられるものじゃない。

 そもそも、存在さえ不確かなんだからよ。


 ただ、今日は。


「ちょっとした噂だけは耳にしたぜ」


「どんな噂?」


「レザンジュに神薬の手掛かりがあるかもしれねえって噂だ。といっても、眉唾物だけどな」


「眉唾でも凄いよ!」


「まあな」


「なら、レザンジュに行くの? 黒都カーンゴルムかな?」


「いや、この情報だけじゃ動けねえ。それに、今の黒都は騒がしいだろ。しばらくは、こっちで情報を集めねえとな」


 あっちは後継者争いの真っ最中。

 戒厳令下の黒都になんざ、行きたかねえ。


「うん、そうね。カーンゴルムもわたしたちを歓迎してくれる街じゃないしね」


 その通り。

 シアを連れて黒都なんてのは危険すぎる。


 とはいえ、それしか手掛かりがないようなら……。





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― 新着の感想 ―
[良い点]  シアの視力、早く戻るといいなあ……
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