第53話 フラッシュバック 3
フラッシュバック中の会話は『 』で表現しています。
ユーリアと呼ばれる女性を襲ったブラッドウルフ。
その血に濡れた爪を見て……。
冷静ではいられない。
頭が沸騰する。
自然と身体が動き、準備も整っていない内に駆け出していた!
瞬時に魔物と対峙。
ブラッドウルフは赤く染められた体毛をなびかせ腕を振り下ろしてくる。
が、それを強引にマチェットで打ち払う。
そのまま剣を引き抜き、強引に斬る!
一撃、二撃と剣を振るい、斬る、斬る!!
技も作戦もあったもんじゃない。
ただ、野蛮に力任せに、目の前のやつを斬る。
たちまち身体が真っ赤に染まってしまう。
俺の身体も、やつの身体も。
だが、そんなことは気にもならない。
魔力を通した剣を上段に振りかぶり。
真上から一閃。
ドゴン!!
勢い余った剣が地面を深くえぐる。
魔力が土の中に流れ込む。
そして……。
ドォォォン。
2頭目のブラッドウルフが地面に沈んでいた。
……。
……。
『ああ、ユーリア!』
『……』
『目を覚まして!』
『……』
『何か言っておくれよ』
『……』
『ユーリアァァ!!』
――――――
白い光が頭の中から消えるように、映像が消え失せる。
「はあ、はあ……」
俺の身体に異状は感じられない。
感じるのは、汗に濡れた身体と口内の錆びついた味。
しかし……。
思い出した……。
思い出したぞ!
「うっ」
吐き気がする。
気持ちが悪い。
「はあ、はあ……」
膝をついていた砂だらけの地面に手をつける。
呼吸も……苦しい。
「はあ、はあ……」
でも、それがどうした。
そんなこと、どうでもいい。
「はあ、はあ、はあ……」
忘れていた。
こんな大事なことを。
完全に忘れていた。
何てことだ!
「くそっ!」
でも……。
でも、どうしてなんだ?
記憶が入れ替わってしまったとでもいうのか?
辛い記憶を自分で消したと。
そんな馬鹿な!
そんなこと?
……。
やっぱり、あの薬酒なのか。
「うっ!」
白光……。
――――――
『コーキ殿、そんなに気に病まないでください』
『スペリスの言う通りです。あなたには責などございませぬ』
『私がもっと気をつけてさえいれば……』
『やむを得ぬことです』
『いえ、私の驕りが、慢心が招いた結果です』
『それは違います』
『神ならぬ身に、十全など求めらるるものではございません。コーキ殿は十分なことをしてくださいました』
『ですが』
『そこまで全てを背負う必要はございません』
『それでも、ユーリアさんとフォルディさんに申し訳ないことを』
『ゼミア様』
『……コーキ殿には少し楽になってもらった方が良いかもしれんの』
『はい。忘れるべきことは、忘れた方が良いかと』
『ふむ』
――――――
「はあ、はあ、はあ」
ゼミアさんとスペリスさんの会話を思い出す。
あの時はただこちらを気遣ってくれただけの言葉だと思っていた。
でも……。
記憶を消されたのか。
そんなことが可能なのか?
そんなこと……。
白光……。
――――――
俺に与えられた寝室。
薬酒を飲み、朦朧とする頭に……。
『コーキ殿、おやすみなさい』
『……は、い』
『明日になれば頭の中から悩みは消えていますよ。フォルディの力のことも』
『……』
『これで、コーキ殿も少しは楽になるだろうて。スペリスよ、頼めるか』
『はっ。やってみましょう』
――――――
……。
可能なのかもしれない。
でも、なぜそんなことを?
俺の記憶を消すことで、エンノアに何の得があるというんだ?
エンノアの利益を考えれば、ユーリアさんを救えなかったという俺の負い目を利用した方がいいんじゃないのか。
……。
フォルディさんの念動力のような力を見た俺の記憶を消したかったのか。
それとも、ただ俺を気遣ってくれただけなのか。
……。
ともに俺の記憶を触った理由かもしれないな。
……。
エンノアの人たち。
取り戻した本当の記憶の中での彼ら。
ほんの僅かな交流ではあったけれど、とても気持ちの良い人たちだった。
心からそう思う。
フォルディさんを助けユーリアさんを失った後、俺は崩落に巻き込まれ地下に落ち、そこでエンノアの方々のお世話になった。とても良くしてもらった。
このあたりの記憶は間違いない。
ふたつの記憶が一致しているから。
もちろん、多少の違いはあるが事実に大きな差異はない。
……。
地下に住むエンノアの人々にとって俺は招かれざる客、異分子に過ぎない。
それなのに、みんなは俺を手厚くもてなしてくれたんだな。
ありがたいことだと思う。
……。
もし仮に記憶を消されたということが事実であったとしても。
一方的にエンノアの人たちを責める気にはなれない、か。
エンノアの人々には彼らなりのしっかりとした考えがあるのだろうから。
でも……。
それは理解できるけど、それでもやはり、記憶を消されたというのは……。
勝手に頭の中を触られたようで、良い気はしない。
エンノアの人々に害意はなかったとしても、どうしてもその思いは残ってしまう。
これは仕方のないことだと思う。
それに、あの時俺はリセットをしようと思っていたんだ。
ユーリアさんを助け、フォルディさんに笑顔を取り戻してもらおうと思っていた。
全て上手くいくはずだったのに。
フォルディさん……。
そう言えば、すり替えられた俺の記憶の中でのフォルディさんは終始笑顔だったけれど、日本に戻るためにエンノアを去ろうとしていたあの朝のフォルディさんは沈痛な面持ちだった。
そうか、あれが正しい記憶なんだな。
ユーリアさんを失った悲しみの中で俺を見送ってくれていたのか。
……。
記憶を失っていたからどうしようもなかったとはいえ、何の気遣いもできなかった。
ごめん。
でも、フォルディさん。
今度はそんな思いをさせないから。
ユーリアさんを救ってみせる。
もう同じ過ちをおかしはしない。
……。
同じ過ち!?
そうだった!
今は悩んでいる場合じゃないんだ。
と、その時。
「きゃあぁぁぁ!」
聞き覚えのある悲鳴が俺の耳に飛び込んできた。





