第522話 人外
髪色は白銀へ、瞳は濃紅へと変化を遂げた空間異能者。
薄っすらと口の端に笑みを浮かべ、こちらを見つめる様は別人のもの。
髪と瞳以外は以前のままだというのに。
「おめえ……」
容姿的には、ちょっとした変化に過ぎない。
ただし、纏う空気が違うんだ。
「……」
対峙している今も、肌に突き刺さるような気を感じる。
異質の気配を。
おそらく、戦闘力も上がっているんだろう。
「それがほんとの姿かよ」
「……」
「完全に別人じゃねえか」
その通り。
受ける印象がまったく違う。
「……」
「ちっ、喋る気はねえってか」
「……」
口を閉ざしたその顔には、依然として笑みが貼り付いたまま。
しかし、こいつ。
前回対峙した時は、軽い口調で多弁だったはず。
性格にも変化が?
「まっ、姿なんざぁ、どうでもいいか。どうせ倒すんだからよ」
「……」
やはり、口を開かない。
「じゃ、続きといくか!」
「ちょっと待って」
攻撃態勢に入った武上に、後ろから古野白さんの声が。
「ああ?」
「あいつ、普通じゃないわ」
「んなの、分かってらぁ。けどよぉ、多少強くなっても問題なんてねえぜ」
「違うの」
「何が?」
「武上君は感じない? 人外の気配を?」
「人外の気?」
「ええ、そうよ」
「……」
そうだ、これは人の纏う空気じゃない。
過去世界で経験した異形の気だ。
「まさか、こいつ……人じゃなく異形なのか?」
「いいえ、人の気も残ってるわ」
「ってことは、半異形!」
「分からない。でも、異形と関係があることだけは確か」
「異能者が異形の力を持っている……」
半異形、あるいは異形の力を宿した異能者。
そんなものが存在すると?
「これは大問題よ」
「……」
「……」
俺たちのやり取りを目にしながらも、動こうとしない空間異能者。
沈黙の中にあるのは余裕か、それとも……。
「とにかく、用心して」
「用心はする。が、やるこた同じだぜ」
「武上君!」
「古野白は援護を頼まぁ。ってことで、いくぜ、有馬!」
一言告げるや、こっちの返事も聞かず突進する武上。
「うおぉ!」
いきなり渾身の一撃と化した蹴りを空間異能者の胸元へ。
「……」
そんな猛撃を、無言のままいとも簡単に躱してしまった。
が、武上も。
「おお!」
そこに追撃の拳を。
そして、左右の蹴り。
「……」
「だあ!」
拳撃に蹴撃と猛攻が続く。
どれもが尋常ではない速度と威力を誇る武上の猛攻だ。
にもかかわらず、当たらない。
余裕を持って回避している。
「くそっ!」
まずいな。
やはり、ここは俺が出るべきか。
「一度退くんだ、武上!」
「たあ!」
制止の声が耳に入る直前、さらなる一撃に力を込める武上。
空間異能者がそれを紙一重で躱し。
カウンター気味に放った拳が!
「うぐぅ」
やられた。
武上のみぞおちに入ってしまった!
「武上君!」
「……」
一撃を入れてなお、無言のまま拳を振るう空間異能者。
武上を越える速度と破壊力を持った拳を立て続けに食らうと、強化した身体でもただじゃ済まない。
もちろん、そんなことはさせないが。
敵の拳が武上の顔面に入る寸前。
「!?」
俺の手のひらが空間異能者の拳を掴み取った!
「!?」
変身後、初めて顔色を変える空間異能者。
「!?」
こちらの手のひらから逃れようと力を入れてくる手に、さらなる圧力をかけてやる。
「ッ!」
声が出るじゃないか。
いや、これは声とは言えないか。
「ッ!」
手を掴まれたまま暴れる空間異能者。
「!?」
無駄だ。
どうやっても逃がしはしない。
「武上君、大丈夫?」
「はっ! こんなの、何ともねえぜ」
「……」
「しっかし有馬ぁ、遅っせえぞ」
「お前が突っ走り過ぎなんだよ。それに、退く気もなかっただろ」
「……まあな」
退くどころか、俺が前に出たら戦闘の邪魔をするなと言ったんじゃないのか。
「で、どうすんだ?」
「そうだなぁ……」
「武上君、怪我が問題ないなら、喋ってないで早くけりをつけなさい」
「お、おう」
「有馬君もよ」
「……」
俺から逃れようと必死に足掻いている空間異能者。
今すぐ意識を刈り取るべきなんだろう。
ただ、このままもう少しだけ様子を見ていたい思いも……。
「有馬君、また異空間に飛ばされるわよ」
「そうだった! 危ないんじゃねえのか?」
「いや……多分、平気だ」
今は、あの異能を使える状態じゃなさそうだからな。
「そんなこと分からないでしょ!」
「だな。有馬、とりあえずやっちまえ」
「……」
しかたない。
けど、その前に。
「お前は異形を取り込んでるのか?」
「……」
話す気はないと。
なら、これでどうだ。
拳を握り潰すかのように力を入れてやる。
「ウゥゥ!」
もっとだ。
「ゥゥゥ」
もうひとつ。
「ゥゥ……$*□&△!!」
その発音。
やはり、お前は!





