第520話 軽視
<古野白楓季視点>
空間異能者がいない。
完全に姿を消している。
つまり。
「有馬君、転移を使われるわ」
吾妻と共に距離を取られてしまう。
場合によっては、また元の世界に逃げ帰る可能性も。
そんなこと、させない!
「その前に仕留めるのよ!」
「……」
「有馬には聞こえてねえぞ」
そうだった。
私が焦ってどうするの。
もっと冷静にならないと。
「……武上君、転移に備えて」
「ん? さっきのは転移なのか?」
「多分、その類でしょ。それより、今は!」
「おう」
武上君が吾妻の後ろに回り込んでいく。
私の炎弾の準備もできている。
そして、有馬君は。
片膝をついた吾妻に手刀を放った!
吾妻の首元に吸い寄せられるように伸びる手刀。
微かな音だけを空間に響かせ……。
「っ!」
吾妻がついに。
ついに、地に墜ちた!
「……」
それなのに、空間異能者は消えたまま。
吾妻の前に姿を見せない。
まさか、見捨てて逃げたの?
自分ひとりだけで?
空間異能者の不可解な行動に、つい考え込んでしまう。
「やったぞ、有馬ぁ!」
そんな私とは違い、武上君は喜びを爆発させている。
有馬君のもとに駆け寄って、何度も肩を叩いている。
「倒したぞぉ!」
「……吾妻はな」
「んん? オレの声、聞こえんのか?」
「ああ」
「五感が戻ったんだな?」
「ああ」
「そいつぁ、最高だ。完璧だ!」
早い。
もう回復するなんて、さすが有馬君。
普通じゃないわ。
「怖いものなしだぜ」
「分かったから、肩を叩くなって」
「いいじゃねえかよぉ。こんなの、お前が痛いわけねえだろ」
「いや、普通に痛いからな」
「よく言うぜ」
「ほんとに痛いんだよ」
有馬君の言葉は軽やかで明るいものだけれど、眼光は鋭いまま。
空間異能者を警戒している目つきだ。
もちろん、私も集中を切らしていない。
炎弾も発動手前で待機状態を保っている。
武上君はというと……。
かなり緩んでいるわね。
「それに、終わったとは限らないんだぞ、武上」
「……空間異能者かよ?」
「そうだ」
「吾妻を助けられなかったんだぜ。今さらじゃねえのか?」
「かもしれないが、油断はできない」
「油断ねぇ……。あいつはもう逃げたと思うけどな」
確かに、逃げた可能性もある。
けれど。
「倒れた吾妻と一緒に元の世界に戻ろうとするかもしれないでしょ」
「吾妻を縛ってオレたちの傍で拘束すればいいだけだろ」
「縛るものがないわ」
「だったら、オレがずっとついててやるよ」
今はそれしかない、か。
「武上、これを使ってくれ」
えっ?
有馬君、ロープを持ってたの?
「おいおい、縄なんか持ってたのかよ」
「ああ。ここに戻って来る前に準備しておいた」
「有馬は用意がいいぜ」
ほんと、有馬君は……。
「はやく縛った方がいいぞ」
「おう、了解だ」
吾妻を縄で拘束しておけば、どうとでも対処できるはず。
そのまま空間異能者を捕らえることも……。
そうよ。
吾妻を助けるために空間異能者が姿を現せば、そこで決着がつく。
長かった戦いも、ようやく終わりを迎えることができる。
姿を現さなかった場合は……。
それはそれで、またひとつの決着かな。
武上君の手に握られたロープが、吾妻の体に……!?
「っ!」
空間異能者だ。
彼が吾妻の後ろに現れた!
「させっかよ、この野郎!」
ロープを投げ捨てた武上君が躊躇なく殴りかかる。
有馬君も接近している。
私は横に数歩ずれて異能経路を確保、そして。
「炎弾!」
空間異能者に向けて発射。
武上君、有馬君、私の攻撃が一斉に放たれた!
それなのに。
「……」
また消えてしまった。
「くそっ!」
逃げられてしまった。
空間異能者だけじゃなく、意識を失っていた吾妻にまで。
分かっていたのに。
警戒していたのに。
「……」
「……」
「まだだ! まだ、ふたりともこの中にいる」
えっ?
現実世界に戻ったんじゃ?
「ホントか?」
「ああ」
ふたりの姿は消えているのに、どうして分かるの?
「そこだ!」
駆け出した有馬君の先。
空間が裂け、ふたりが!
*************************
独特の空気の流れ、空間の歪み。
間違いない。
あの空間異能者だ。
登場する地点を見極め、突進。
勢いのままに攻撃を仕掛けてやる。
が……。
「ちっ、また消えたぞ!」
「嘘でしょ」
現れた次の瞬間に消えるなんて芸当を。
「こんなことまで……」
空間能力の連続使用が可能。
だとすると、厄介なことになる。
「今度こそ、逃げちまったんじゃねえのか?」
「……分からないな」
今はまだ、はっきりと気配を掴めないんだよ。
ただ、おそらくは……ここにいる。
そう思えてしまう。
「……」
あの空間異能者。
これまでの言動や力関係からか、軽視してしまった。
なぜか、そうしてしまった。
今回の件の鍵を握っている人物なんだぞ。
どうして軽く見ていたんだ?
先に倒すべき敵なのに?
「……」
おかしい。
何かがおかしい。
それに、あいつの名前は?
「……」
いったい、どういうことなんだ?





