第518話 超感覚
五感を喪失したこの身体。
己の身には何も感じることができない。
「……」
想像を絶する虚無、空寂。
こんな虚無の中に放置され続けたら、どうにかなってしまう。
狂ってしまう。
そう思わざるをえないほどの欠落感。
「……」
対象の動きを止めるマリスダリスの刻宝や壬生伊織の揺魂とも、また違う。
全く異質な感覚。
初めて経験する虚ろな世界。
おそらく……一般的には刻宝や揺魂より五感喪失状態の方が強い絶望を覚えてしまうだろう。
これを、武上と古野白さんは耐えきったというのか?
短時間とはいえ五感喪失状態を切り抜けるとは!
ふたりとも並じゃない胆力の持ち主だ。
ほんと、大したものだよ。
対して、俺は……。
忍耐も胆力も必要ない。
五感すべてを失っても、俺にはもうひとつ残っているのだから。
問題など何もない!
実際に今はもう、こうして自分の肉体を感じ取ることができる。
吾妻の存在も、空間異能者の存在も、幸奈たち4人の存在も知覚できる。
そう。
魔力だ。
魔力を身に纏い、魔力を周囲に拡散すれば……。
目で見ているのと同じ。
何ら変わりのない状況を作り出すことができる。
「……」
五感喪失は間違いなく驚異的な異能だろう。
相手が俺でなければ、必勝の力と言っていいのかもしれない。
だけどなぁ、今回だけは違う。
これじゃあ、俺には勝てない。
残念だったな。
うん?
吾妻が動くか?
魔力の波動が、やつの動きを余すことなくしっかり伝えてくれる。
「……」
吾妻の歩みには、まるで緊張感が見えない。
五感を失った俺を軽視している?
そうか。
ここで油断するか。
詰めが甘いな。
「……」
ゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる吾妻。
表情も分からなければ、声も聞こえない。
それでも、十分以上に理解できてしまう。
どうやら、幕引きは近いようだ。
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<古野白楓季視点>
健常な状態の武上君でも対応に苦労する吾妻の攻撃。
そんな攻撃を前に、五感を失っている有馬君が!
吾妻の拳撃を横に避け。
蹴撃は後ろに跳んで躱す。
左右に、後ろにと軽やかに。
「有馬君……」
目の前で繰り広げられている攻防は究極のもの。
至極の戦闘を見ているはずが……。
右に左に、左に右に。
半回転に一回転。
時に身を屈め、時に跳躍する。
紙一重で次々と躱していく。
「……」
風のように柳のように、回避を続けるその様は。
まるで、一種のダンス。
名人の舞踊のよう。
「き、れい……」
あまりに美しく洗練された動きに、見入ってしまう。
状況を忘れて、見惚れてしまう。
緊迫の場面で、こんな……。
「くっ! どうしてだ?」
「……」
「その状態で、どうして動ける?」
「……」
繰り出した全ての攻撃を躱しきった有馬君に困惑の表情を浮かべる吾妻。
「耳も聞こえない、目も見えていないのに!」
「……」
当然、吾妻の声は有馬君には届かない。
だから、答えることもない。
「五感喪失に失敗したわけじゃない。だったら、なぜ……」
「……」
数回の攻防が終わり、今は全てが動きを止めたまま。
異様な静寂が場を覆っている。
「どうするよ?」
後退してきた武上君。
彼もかなり戸惑っているわ。
「どうするって?」
「助けに入るかってこった」
「……」
「おそらく、今の有馬は超感覚で動いてるはずだ」
「ええ」
「その戦いにオレたちが入るのは、マズいんじゃねえかと思ってな」
「そう……かもしれないわね」
読者の皆様
今年も本作にお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
私事ではあるのですが、実は11月中頃からずっと胃痛に悩まされていまして、胃潰瘍手前まで進行しておりました。
ただ、それもここ数日でようやく回復が見られ、このまま順調にいけば新年は健康に過ごせる状態まで戻っております。
ですので、新年は気持ちも新たに連載を続けることができるはず!
そんな筆者と本作になりますが、新年も付き合っていただければ幸いでございます。
では皆様、よい年越しを、素敵な新年をお迎えください!!
※ 新年初更新は1月4日予定となっております。





