第514話 やり直し
「時間遡行……!?」
違う、ここじゃない!
そう。
もっと確実な方法があるじゃないか!
ここでの時間遡行は不確定要素の多い非常に危険な賭けになる。
けれど、同一世界の2刻(4時間)前に俺が存在していたなら。
それが可能なら、確実にその時間に遡行することができるんだ。
4時間前の俺は、過去世界に酷似したあの位相に存在していた。
なら、あっちに移動すればいい。
15歳の幸奈がいるあの世界に渡った後に時間遡行で時を戻り、それからこの世界に帰って来ればいい。
「……」
幸奈、ごめん。
今は幸奈を救えない。
だから、一度お別れだ。
けど、絶対に戻ってくる。
待っていてくれ、幸奈!
……。
……。
行こう。
あの位相世界への渡界。
今なら簡単にできるはず。
「……」
感知、検知からのシークエンス。
微細な糸を手繰るように探っていく。
「……!?」
見つからない!
さっきとは比べ物にならない程の難しさ。
どうしてなんだ?
簡単に渡界できるんじゃないのか?
「……」
それでも、見つけるしかない。
何としても、あの世界の痕跡感知を!
……。
……。
ここじゃない。
そこも違う。
……。
……。
「っ!」
駄目だ。
進入路が見えてこない。
時間だけが過ぎてしまう。
まさか……。
もう見つけることができない?
いや、まだ諦める段階じゃないぞ。
まだまだ、これからだ!
……。
……。
……。
ん?
これは……?
ここなのか!?
そうだ。
このゲート、ここから入れば……よし!
ゲートから進入した俺の目に入ってきたのは、コンクリート打ちっぱなしの壁面にあの不気味な浴槽。
間違いない。
和見家の地下室だ。
「……」
どういうわけか、想像以上に手を焼いてしまった。
この過去世界への渡界、今後は無理かもしれないと思ってしまう程の難解さだった。
とはいえ、今回は何とか渡界に成功したようだ。
いや、そうとも限らないのか?
ここが1年前や3年前の世界、あるいはまた異なる位相世界だという可能性も?
まずは確認すべきだな。
15歳の幸奈がいるあの世界だという確証がないまま、安易に時間遡行を使うことなんてできないのだから。
確認は、幸奈を探して話を聞けば……。
「……」
必要ないか。
地下室には痕跡がしっかり残っている。
もう疑いの余地はない。
あの世界だ。
確信を抱ければ、することはひとつ。
「……時間遡行!」
世界を渡る時とはまた違う、時間を遡る際の独特の感覚に包まれて……。
「ストーンバレット!」
「ウォーターボール!」
この場面は?
俺の数メートル前には、鷹郷さんと部下のふたり。
傍らには15歳の幸奈。
異能戦の最中なのか?
「ウインド!」
あの駐車場だ。
戦闘中に戻ってしまった!
「っ」
この状況。
悠長に構えてはいられない。
と、そこに。
「大丈夫みたいですね」
幸奈の安心したような声。
つまり……。
勝敗が決する直前ってこと?
「あっ、やりましたよ!」
「……」
無事終了したようだ。
「有馬君、一緒に来ることはできないのかな?」
「すみません。どうしても外せない用事がありまして」
「……幸奈さんは?」
「功己さんが残るなら、わたしも残ります」
「ふむ。では、我々だけで研究所に戻るとしよう」
和見家の追手を撃退した後、幸奈の父を捕らえた鷹郷さんたち。
彼らから研究所への同行を求められたが、今の俺に時間的余裕はない。
すぐにとは言わないまでも、3時間以内にはあちらの世界に戻りたいのだから。
そんなわけで、和見の屋敷に幸奈とふたりで残ったのだが……。
「元の世界に戻っちゃうんですね」
「……」
とりあえず。
ここからやり直し、か。
その後。
公園で有馬少年に言葉を伝え幸奈とも少し話をした俺は、あの空間に戻るべく和見家の地下室に足を運び。
そして……。
「また会おう」
「はい、必ず!」
15歳の幸奈との再度の別れ。
前回同様、今回も幸奈の想いが身体の深くに刺さってくる。
「……」
2度目なのに、まったく慣れるものじゃないな。
どんな形であれ、もう幸奈との別れは経験したくない、心からそう思うよ。
けれど、今は仕方がない。
「必ず5年後に!」
「……ああ」
お別れだ。
「……」
「……」
問題は上手く帰れるかどうかだな。
さっきはかなり手間取ってしまった渡界。
今回も難しいのだろうか?
感知の網を薄く伸ばし入り口を探ると……。
えっ?
すぐ見つかったぞ。
あんなに苦労した前回とは全く違う。
理由が分からない。
「……」
ひょっとすると、この世界への渡界が難しいだけなのかも知れないな。
となると、今後は……。
先のことは、その時考えればいいか。
そう。
まずはあの異空間に戻るとしよう!
世界を渡る奇妙な感覚に身を任せ。
視界が開いた先は?
「……」
あの空間に戻ってきた?
幸奈たちは?
「功己!」
「有馬君!」
「有馬ぁ!」
「兄さん!」
4人の声が揃って背後から聞こえてくる。
「ああ……」
みんな無事なんだな。
時間遡行したのだから当然と言えば当然。
でも、本当に……。
本当によかった!





