第513話 不明
「嘘だろ……」
何もないこの位相空間で、体を投げ出すようにして地面に臥している4人。
足もとには4人がいるのに、気配すら感じられない。
「そんな……」
「間に合わなかった……」
受け入れがたい現実を前に時は止まり。
ただ凍りついてしまう。
「……」
ん?
これは?
今この瞬間まで感知できなかった気配が突然!
「うぅ……」
微かに漏れた息は、幸奈!?
「幸奈、幸奈!」
上体を抱え、呼吸を確認、脈を確認!
まだ息がある。脈もあるぞ!
血の気もないし呼吸も浅いが、確かに生きている!
「ぅ……」
「幸奈!」
「……こ……き……」
「ああ、俺だ! 幸奈、しっかりしろ!」
「うぅ……」
苦悶の表情!
「大丈夫だ、今すぐ治療してやるからな」
即座に魔法を発動し、治癒の光で幸奈を包み込む。
すると……。
表情が若干やわらいだ?
「……」
治癒魔法が効いたのか?
本当に僅かだけれど、呼吸も落ち着いたような気がする。
よかった!
魔法が効くなら、何とか。
「……」
けど、これはどういう状況なんだ?
出血は確認できないし、大きな外傷も見当たらない。
何があった?
「うぅ……」
「幸奈、どこが苦しい?」
「ぅ……」
意識が混濁している。
症状を話せる状態じゃない。
「……」
外傷なのか内傷なのか?
分からないが、事態は一刻を争う。
なら、やるしかない!
とにかく、治癒魔法を当て続けるしか。
「ぅ……」
「治癒魔法が効けば、楽になるから。幸奈、頑張ってくれ!」
「ぅ……ぅ……」
テポレン山やオルドウで、俺は多くの死を見てきた。
親しい人の死も、そのあとの救命も経験した。
信じられないような経験をたくさん積んできた。
「幸奈……」
経験しても、慣れるわけないだろ。
こんなの、耐性なんて……。
「ぅ……」
たのむ!
幸奈、戻ってきてくれ!
「……」
「……」
少し顔色が回復したような……。
「……こう、き?」
意識が!
「分かるのか、幸奈?」
微かに頷く幸奈。
よし、これなら!
「幸奈、何があったんだ?」
「あい、つ……バケ、モ……が……」
あいつ?
バケモノ?
「吾妻か? 吾妻にやられたのか?」
「うっ、うぅ……」
「幸奈、どうした幸奈?」
「くるし……」
戻っていたはずの顔色がまた!
色を失っている。
「う、ううぅ……」
治癒魔法が効いたんじゃ?
まだ、魔法を当てているのに!
なら、魔法薬。
魔法薬を飲んでくれれば。
「幸奈、魔法薬だぞ」
「……」
再び意識を失いかけている幸奈の口へ魔法薬を流し入れる。
「ぅぅ……」
「……」
「……」
変わらない。
魔法薬の効果がない!
「くっ!」
脈が弱まっている。
顔面も蒼白。
だめだ、このままじゃ!
また……また失ってしまう!
「ぅ……」
救えないのか?
この世界でも俺は……。
「……」
術は……ある。
2刻(4時間)の時間遡行が1度だけ使える。
4時間。
4時間あれば時間的には充分だろう。
ただ……。
この位相空間で4時間遡行した場合、どこに戻るのか?
ニレキリの件でセレス様を助けるべく時間遡行を使った際。
4時間遡行ならエンノアから日本に戻るはずが、どういうわけかエンノアに戻ってしまった。
あれは、なぜなのか?
正確な理由は分からない。
ただ、事実から推測できるのは、時間遡行は異なる世界を渡ることができない、という一事。
「……」
推測が正しいとしたら、ここでの時間遡行が俺を連れて行く場所は、5年前のあの世界じゃない。
かといって、今俺が立っている位相空間に4時間前の俺は存在していなかった。
時間遡行では、存在していない場所に戻れることはないはず。
それなら、俺はどこに行くことになる?
いったい、どこに?
「……」
世界を渡って、5年前の幸奈のいる世界なのか?
この位相空間の4時間前なのか?
どことも知れない異質な場所なのか?
あるいは……。
分からない。
分かるはずがない。
「……」
失敗すれば、どうなるか定かじゃない試行。
危険すぎる。
リスクが高すぎる。
それでも、幸奈を救うには。
武志、武上、古野白さんを救うためには、時間遡行を使うしかない!
「幸奈……」
賭けるしかないよな。
「ぅ……」
幸奈、成功を祈ってくれ。
「……時間遡行!」





