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30年待たされた異世界転移  作者: 明之 想
第10章  位相編
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第512話  終局 2



「幸奈……」


 切羽詰まったその様子に、避けることもできず。

 拒否することもできず。

 どうすることも……。


「……」


 俺の腕は、ただ宙をさまようばかり。


「うぅ……」


 幸奈は俺の胸に顔を埋めたまま。


「……」


「……」


 地下空間に、質量を伴った沈黙が流れていく。


「……」


「……」




 和見家の地下室。

 薄気味の悪い浴槽。

 初めて知った15歳の幸奈の真実……。


 元の世界の幸奈の事実だと、まだ決まったわけじゃない。

 それでも、地下室に造られた浴槽は同じ。

 同じものが存在するということは……。


 この世界の幸奈、俺の知る幸奈。


 ふたりともに残酷な時を過ごしてきたのだろう。

 15歳という年齢で、ひとり孤独に耐えてきたんだろう。


 知らなかった。

 知ろうともしなかった。

 俺は何も……。


 苦く重い悔恨が俺の胸に爪を立ててくる。


「……」


「……」


 そんな15歳の幸奈を置いて、俺は戻らなければいけないんだ。





「功己さん、わたし……」


「……いいんだ」


「納得してたはずなのに、取り乱しちゃって。カッコ悪いな」


 俺の胸から離れた幸奈。


「けど、もう大丈夫。もう、すっきりしたから、平気です」


「……」


「だから、わたしのことを気にせず、元の世界に戻ってくださいね」


 さっきの表情とは一変。

 力強い瞳に優しげな眉、柔らかな頬に淡く光る唇。

 咲き匂う紅梅を思わせる笑顔に見とれてしまう。


 やっぱり、幸奈は幸奈だ。

 カッコいい少女だよ。


「5年後にまた会えますから。それに、あっちでも20歳のわたしが待ってますからね」


「……」


 幸奈が全てを飲み込めているとは思えない。

 ただ、この微笑を見ていると……。


「……また会おう」


 他の言葉が出てこないんだ。


「はい、必ず!」


「……」


 これが最善ではないだろう。

 もっと良い方法があったはず。

 けど。


「必ず5年後に!」


「……ああ」


 今は帰ろう。

 元の世界に戻ろう。



「……」


 トトメリウス様からいただいた暗示。

 元の世界での位相空間への移動法。


 それを踏まえた上で、この地下室からなら!


 できるはず!

 そう、必ず!


 ……。


 ……。


 ……。


 よし、ここだ!


 瞬間、目の前が歪み、体から重さが消えていく。

 成功!?


「さよなら、功己さん! 大好き!!!」


「……」


 幸奈の声が耳に入る寸前。

 俺の前から、世界が消えてしまった。





 僅かな浮遊感の後。


「……」


 戻れたのか?

 元の世界に、幸奈、武志、古野白さん、武上のいるあの位相空間に?

 皆は無事なのか?


 次第に確かになる感覚。


 眼前には何物も存在しない虚ろな空間。

 人の気配も感じない。


「……」


 誰もいない!

 まさか、失敗?

 上手くいったんじゃ?


 信じられない思いで振り返った俺の前方……。


「えっ?」


 倒れ伏す人影が見える。

 遠方に人が倒れている!


「あれは?」


 不安を掻き消すように瞬息で駆け寄った俺の足もと。

 そこに横たわっていたのは!?

 目に入ってきたのは。


「嘘だろ……」


 身動ぎひとつしない4人の姿だった。






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― 新着の感想 ―
[良い点]  間に合わなかったのか!? それとも、これが敵の能力??
[一言] ( ̄□ ̄;)ぇぇ
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