第512話 終局 2
「幸奈……」
切羽詰まったその様子に、避けることもできず。
拒否することもできず。
どうすることも……。
「……」
俺の腕は、ただ宙をさまようばかり。
「うぅ……」
幸奈は俺の胸に顔を埋めたまま。
「……」
「……」
地下空間に、質量を伴った沈黙が流れていく。
「……」
「……」
和見家の地下室。
薄気味の悪い浴槽。
初めて知った15歳の幸奈の真実……。
元の世界の幸奈の事実だと、まだ決まったわけじゃない。
それでも、地下室に造られた浴槽は同じ。
同じものが存在するということは……。
この世界の幸奈、俺の知る幸奈。
ふたりともに残酷な時を過ごしてきたのだろう。
15歳という年齢で、ひとり孤独に耐えてきたんだろう。
知らなかった。
知ろうともしなかった。
俺は何も……。
苦く重い悔恨が俺の胸に爪を立ててくる。
「……」
「……」
そんな15歳の幸奈を置いて、俺は戻らなければいけないんだ。
「功己さん、わたし……」
「……いいんだ」
「納得してたはずなのに、取り乱しちゃって。カッコ悪いな」
俺の胸から離れた幸奈。
「けど、もう大丈夫。もう、すっきりしたから、平気です」
「……」
「だから、わたしのことを気にせず、元の世界に戻ってくださいね」
さっきの表情とは一変。
力強い瞳に優しげな眉、柔らかな頬に淡く光る唇。
咲き匂う紅梅を思わせる笑顔に見とれてしまう。
やっぱり、幸奈は幸奈だ。
カッコいい少女だよ。
「5年後にまた会えますから。それに、あっちでも20歳のわたしが待ってますからね」
「……」
幸奈が全てを飲み込めているとは思えない。
ただ、この微笑を見ていると……。
「……また会おう」
他の言葉が出てこないんだ。
「はい、必ず!」
「……」
これが最善ではないだろう。
もっと良い方法があったはず。
けど。
「必ず5年後に!」
「……ああ」
今は帰ろう。
元の世界に戻ろう。
「……」
トトメリウス様からいただいた暗示。
元の世界での位相空間への移動法。
それを踏まえた上で、この地下室からなら!
できるはず!
そう、必ず!
……。
……。
……。
よし、ここだ!
瞬間、目の前が歪み、体から重さが消えていく。
成功!?
「さよなら、功己さん! 大好き!!!」
「……」
幸奈の声が耳に入る寸前。
俺の前から、世界が消えてしまった。
僅かな浮遊感の後。
「……」
戻れたのか?
元の世界に、幸奈、武志、古野白さん、武上のいるあの位相空間に?
皆は無事なのか?
次第に確かになる感覚。
眼前には何物も存在しない虚ろな空間。
人の気配も感じない。
「……」
誰もいない!
まさか、失敗?
上手くいったんじゃ?
信じられない思いで振り返った俺の前方……。
「えっ?」
倒れ伏す人影が見える。
遠方に人が倒れている!
「あれは?」
不安を掻き消すように瞬息で駆け寄った俺の足もと。
そこに横たわっていたのは!?
目に入ってきたのは。
「嘘だろ……」
身動ぎひとつしない4人の姿だった。





