第510話 対策
<古野白楓季視点>
「ふっ……」
吾妻の顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
無表情に近い顔の僅かな変化なのに、今は読み取れてしまう。
それだけ長く彼を観察していたってこと、か。
嬉しくないな。
でも、だからこそ。
吾妻の余裕が分かってしまう。
この空間で最初に遭遇した時のような不気味さを感じてしまう。
「……」
さっきは幸奈さんの異能発動が不完全だったと思ったけれど、ひょっとして吾妻は何らかの防止策を立ててきたの?
24時間の間に?
「……」
ふたりだけで、ここに戻ってきたんだ。
その可能性も充分に考えられる。
いったい、どんな対策を?
「もう、いいかな?」
「ああ、今度こそ決着をつけてやるぜ」
「……そうか」
吾妻は五感を奪う驚異の異能保持者。
ただでさえ厄介な敵なのに、その彼が私たちとの戦いに向けて対策を講じてきたとなると。
「武上君、油断しないで!」
「するわけねえだろ!」
分かってる。
分かっているのに、つい言葉が……。
「って、おい! しっかりしろよ、古野白!」
「……ええ」
そうね。
ここで怖気づいてどうするの!
吾妻がどんな手を打ってこようと、することは同じ。
こちらも充分にシミュレーションしてきたのだから。
やれるはずよ!
「吾妻ぁ、喰らいやがれぇ!」
戸惑いに立ち止まってしまった私とは裏腹に、武上君が攻撃態勢に!
迷いのない右ストレートだ!
バシィィ!
距離を詰めると同時に放たれた強烈な右拳。
その一撃を吾妻が手のひらで受け止めた!
「だろうな」
昨日の対戦の再現のような光景。
でも、ここからが違う。
「なら、これでどうだぁ!」
受け止められた右拳を広げ、そのまま吾妻の左手のひらに掴みかかる。
成功!
捕らえられていた体勢から一転、武上君の方から吾妻の左手のひらを掴み取っている状態に!
「動けねえだろ!」
最高レベルで強化した武上君の力からは、さすがの吾妻も容易には脱出できないはず。
「今度こそ、喰らいやがれ!」
右手で吾妻の左手を抑え、動きを制限した態勢での武上君の攻撃。
左拳の突きが吾妻の右脇腹に炸裂……しない!
この体勢でも吾妻が器用に躱してしまった。
「おらぁ!」
けど、まだまだこれからよ。
「だぁ!」
武上君の左脚の蹴り、右脚の蹴り!
「おりゃ!」
左拳の突き。
さらに、蹴り!
連続攻撃が襲いかかる。
「っ!」
吾妻の顔から余裕が消えた!
そうよね。
近接され動きを制限された状態での連続攻撃なのよ。
あの吾妻でも簡単には対処できないでしょ。
ただ……。
吾妻の動きが少し鈍いような?
これは?
やっぱり、幸奈さんの異能の効果があったってこと?
それなら、完全に勝機だわ。
「だぁぁ!」
「ぐっ!」
徐々に武上君の攻撃が当たり始めてる。
「だらぁぁ!」
いける。
これは、いける!
さっきまで残っていた不安が嘘のよう。
今は自信が湧くばかり。
本当に我ながら……。
「古野白ぉ、いいかぁ?」
そうね。
次は私の番。
「ええ!」
吾妻の手を捕らえている間に決着の一発を。
「……炎弾!」
吾妻の背後に回り込んで、放炎!
「!?」
もちろん、吾妻は避けようとするが。
武上君が動きを抑え込み……。
爆裂!
炎弾が吾妻の背中に命中した!!
最高の手応え。
完璧だわ。
それなのに……。
「えっ?」
真正面から命中したはずの炎が消えている!
ダメージを受けているようにも見えない。
それどころか、炎弾が炸裂した衝撃に乗じて吾妻が武上君の手から逃れてしまった。
「どうして……」
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「功己さん、話は済んだんですか?」
「ああ、終わったよ」
「功己はちゃんと聞いてました?」
「……どうだろうな」
有馬少年との対話も終了し、今は公園の外で待っていた幸奈と合流したところ。
これから和見邸に向かうつもりだ。
「功己は功己さんと違って素直じゃないからなぁ」
「彼も俺なんだぞ」
「うぅ、そうですけど……」
まあ、ここが位相世界なら、完全に同一人物ともいえないか。
「やっぱり、全然違いますよぉ。ほんと、5年で変わるものなんですね」
「……」
「でも、5年後の功己が、功己さんみたいになるなんて! 楽しみですよ!」
「……」
わるい。
それは保証できないんだ。
「そ、れ、で、どんな話をしたんです? まさか、未来の話とか?」
「そういう話はしていない。幸奈にも言った通り、未来の話なんてするもんじゃないからな」
「分かりますけど、未来から来た功己さんがそれを言ってもなぁ」
確かに、説得力ないか。
「けど、未来の話でないなら何なんです? まさか、わたしの話?」
「いや、それも違う」
「未来の話でも、わたしの話でもない?」
「……少し注意してほしいことを話しただけだ。幸奈が気にするようなことじゃない」
「ふーん、そうなんですね」
そう。
有馬少年に話したのは、ちょっとしたこと。
それだけなんだよ。





