第508話 邂逅
「な、なんです? 疑ってるんですか? わたし、失敗なんて望んでませんよ!」
「……」
あからさまに安心したような様子だっただろ。
「うぅ……。それは、もう少し一緒いたいですけど、だからって功己さんの失敗を願うなんて、ないですから!」
「……」
「功己さんが元の世界に戻れるよう祈ってますから! 本当ですよ!」
まあ、そうだよなぁ。
失敗までは望むわけないか。
「ただ、昨日の今日だし……」
「色々あったし、この後も……」
「わたし、ひとりで……」
「……」
これまでのことに加え、父親が研究所に拘束されている現状。
幸奈は昨日も今日も気丈に振る舞っていたが……。
不安になって当然だ。
むしろ、平然としている方がおかしい。
「わるい。意地の悪いこと言ってしまったな」
「……信じてくれました?」
「ああ、幸奈のことは信じている!」
「よかったぁ!」
「誰よりもな」
「……嬉しい」
不安な表情から一転、笑顔を見せてくれる。
こんな言葉だけで……。
「でも……」
ん?
「やっぱり、ちょっと寂しいかも」
「……」
この状況。
寂しいどころじゃないよな。
これから先の幸奈の暮らしを考えると……。
父親から虐待される心配がなくなったことは幸いだが、幸奈は今後も和見家で暮らさなくちゃいけないんだ。
以前と同じように過ごすことなどできないであろう和見の家で!
針の筵の上で暮らすような生活になる可能性だってある。
「……」
まだ子供の武志を頼ることはできない。
この世界にいる15歳の俺も……。
そんな家で幸奈はやっていけるのか?
15歳の幸奈が、ひとりで?
もちろん、鷹郷さんや研究所などの異能関連機関は幸奈を見守ってくれるはず。和見家の動向も監視してくれるはずだ。
だから、最悪の事態は回避できるだろう。
とはいえ、これが幸せな暮らしかというと……。
「……」
今回、幸奈の父親の行動を放置するなんていう選択肢は俺にはなかった。
父親が行動を改めれば、状況は改善すると考えていたんだ。
まさか、ここまでの事態に発展するとは!
考えが甘かった。
本当に……。
「そんな、考え込まないでくださいよぉ」
「……」
「問題は全て解決したんですからね! ちょっと寂しいのは、まあ……おまけみたいなもんです」
全てでもないし、おまけでもないだろ。
「もう! 功己さん、いつも難しく考えすぎですって」
「……いつも考えているわけじゃない」
「そうですかぁ?」
「ああ」
「だったら、もう充分ですから。わたしのことを考えてくれる、その気持ちだけで充分!」
「……」
「功己さんがいつまでもこの時代に留まれないことは分かっていますし、それに、また5年後に会えますからね。寂しいくらいが、ちょうどいいんです」
「そう、か」
「そうです、そうです! 5年なんて、少し頑張れば、あっという間ですよ」
やっぱり、幸奈は強いな。
「……」
しかし、こっちが気を遣われるって。
情けない。
「そもそも、24時間一緒に過ごせただけでも幸運なことですし、わたしの人生も大きく変わっちゃいましたからね。もちろん、いい方向にです!」
「俺も……色々と勉強になったよ」
「ふふ、そうでしょ」
「ああ……ところで、幸奈はずっと敬語だな」
「えっ? あっ! ホントだ」
「気楽に話すんじゃなかったのか?」
「うーん……でも、今さらですよ」
まあ、そうか。
「あと少しですもんね」
「失敗すれば、もうしばらくこの世界に留まることになるぞ」
「そうなったら、また考えます」
「……」
「それで、今はどこ向かってるんです? 家の方向からずれてますけど?」
「ちょっと寄りたいところがあるんだ」
「このまま行くと公園……、って、まさか?」
幸奈の想像通り。
先にある公園は、15歳時の俺が鍛錬のため頻繁に使っていた場所。
「……功己に会いに行くんですね」
「ああ」
「問題ないんですか?」
この世界が単なる過去世界なら、20歳の有馬功己が15歳の有馬功己に会うことで問題が生じる可能性もある。
しかし、ここが過去ではなく位相世界なら問題などないはず。
それに、既にこの世界にはかなり干渉しているんだ。
「それこそ、今さらだろ」
「……」
「まっ、こっちが変装すれば15歳の俺は気付けないだろうしな」
「そういう問題じゃないような……」
分かってるさ。
「功己さん、変装って、その帽子とマスクとサングラスですよね?」
「そうだ」
「あやしすぎますよ」
「……気付かれなきゃいい」
などと話している間に到着したようだ。
「幸奈はここで待っていてくれ」
「……はい」
さて、15歳の有馬功己はここにいるのか?
俺の15歳時と同じルーティンをこなしているなら、この時間は公園で鍛錬しているはずだが……。
……。
……。
いた!
確かに15歳の俺だ!
俺が俺の目の前で鍛錬をしている!
「……」
何とも奇妙な状況に、思わず足が止まってしまう。
そんな足に力を入れなおし。
「有馬君」
「……あなた、誰です?」
俺の変装姿を見て明らかに警戒している様子。
「名乗ることはできないが、君のことはよく知っている」
「……新手の誘拐かな? だったら、無駄ですよ」
誘拐って!
そこまで酷い変装なのか?
「僕を見くびらない方がいい」
「違う! 君と話がしたいだけだ」
「……」
「少しいいかな?」
「よくないですね。僕には用がないので、失礼します」
なんて可愛げのないやつ!
って、俺だけど……。
「ちょっと待て」
「いやです」
こちらに背を向けて歩き出す有馬少年。
「君にとって大切な話なんだ」
「……」
おい、無視かよ。
「っ!」
あっという間に距離を取られてしまった。
「待ってくれ!」
遠ざかる有馬少年の後ろから声を掛けると。
全力で駆け出したぞ!
本当に15歳の俺なのか?
こんなに排他的で生意気な少年が?





