第503話 老人
<古野白楓季視点>
「何も起こらねえな」
「……」
「……」
「……」
「もう24時間経つってのによ」
有馬君が消え、吾妻たちが姿を消してから約24時間。
相変わらず私たちはこの異空間に閉じ込められたままでいる。
「吾妻たち、もう来ねえとか……なわけねえか?」
「……ないと思うけど」
でも……。
まさか、私たちの消耗を待つ作戦?
吾妻たちが?
「だよな。兵糧攻めなんて、くだらねえことする奴じゃねえわ」
私もそう思う。
ただ、異能戦ではどんなことでも起こり得る。
数々の戦闘での経験から、私はそれを知っているから。
「武上君、覚悟だけはしておくべきね」
「……」
「油断、軽視、浅慮、これらが導く散々な結末を、あなたは重々理解してるでしょ」
甚大な損害を被った邪狼狗戦から小さな失敗まで。
数えきれない失態を経験してきた私と武上君。
油断も浅慮も、もっての外なの。
「まあな。で、古野白には何か考えがあんのか?」
「……自力で脱出するしかないわ」
「結局、そうなんのかよ」
「ええ」
難しいのは分かっている。
「ちっ、やるしかねえな」
この24時間、試し続けても叶うことのなかった脱出。
いまだ脱出方法の手掛かりすら掴めていない。
それでも、生き残るためにはやるしかないの!
「食料も水もねえ状況だ。力のあるうちに脱出口を見つけんぞ」
「わたしと武志も探します!」
「おう、頼むぜ!」
「はい! でも……。もし見つからなかったとしても……」
「幸奈さん、何かしら?」
「その、功己が必ず戻って来ますから!」
「……」
「だから、きっと何とかなります!」
「……そうね」
彼なら何とかしてくれる。
「そう思いたいわね」
ふふ。
私も有馬君のことを相当信用しているのかも。
もちろん、幸奈さん程ではないけれど。
「オレも有馬なら戻って来ると思うんだけどよ。ただ、もう24時間だぜ。あいつ、外で何かあったんじゃねえのか?」
「例えば?」
「外で、吾妻や壬生の連中とやりあっているとか?」
その可能性は充分考えられる。
「で、怪我したとか。あいつらに……負けたとか?」
「っ! 功己は負けません!」
「……」
「絶対に負けません!!」
「姉さん、興奮しすぎだって」
「興奮なんかしてないわ」
「してるだろ」
「してない……」
幸奈さんの有馬君への想いが痛いほど伝わってくる。
でも、状況は冷静に判断しないといけないのよ。
「外のことなど分かるわけないわ。だから私たちは最良から最悪まで、あらゆる事態に備えて動かなくちゃいけない」
「……」
「……」
「そうよね、武上君」
「んん? ああ、そうだな」
「古野白さん……ごめんなさい」
「謝る必要はないわね」
「……」
「まあ、あれだ。今はやれることだけやっとこうぜ」
吾妻たちが戻って来ないことも有馬君が現れないことも、全てのことを想定して。
今は脱出方法を探るのみ。
「みんな、探すわよ」
「おう……って、ちょっと待て!」
「武上君?」
「あそこ、見てみろ!」
武上君が指さした空間。
そこに小さい歪み?
これは?
吾妻が現れる!?
*******************************
「坊城さん、何か御用でしょうか?」
駐車場の前に現れたのは坊城老人とふたりの男性。会談にも同席していた異能者ふたりだ。
「用と言えば、そうなのかもしれん」
「会談は終了したはずですが?」
「和見の家についてではない。そも、決定事項に口を出すつもりはないな」
それは助かる。
壬生少年と同じ異能を持つ坊城老人と争うとなると、面倒なことになるだろうから。
しかし、そうなると、何の話を?
「そこな者についてだ」
「……」
坊城老人の眼は鷹郷さんから、こちらへ……?
俺に用がある?
「彼がどうかしましたか?」
「ふむ……。君は異能操者かな?」
操者?
異能者のことか?
「私は異能を使えません」
「使えぬ?」
「……はい」
「ならば、会談中にこちらを見た君の眼は? あれは何であろう?」
俺の眼?
まさか鑑定?
鑑定しているのを見抜かれた?
「眼と言われましても、私には分かりませんが……」
「尋常一様ではない光をともした眼を自覚していない。異能によるものではないと?」
「……」
「坊城さん、彼は異能者ではありません。研究所内の訓練施設でも異能発動を検知できませんでしたので」
「その際に使わなかっただけ、ではないのかな?」
「……異形戦においても、発動は確認できませんでした」
「ふむ。では、あの眼とその身に流れる異様な力は? 何の力でもないとは到底思えないのだが?」
この坊城老人、魔力を感知している!?
「……」
日本では誰も気付くことができなかった俺の魔力。
壬生少年も魔力の流れには気づけなかった。
それを初見の老人が!
壬生少年よりも優れた能力を持っているのか?
「未知の力かな?」
「それは……」
話すことなんてできるわけもない。
「気ではないでしょうか? 以前、少し学んだことがありますので」
「わざわざ気を眼に集めて、こちらを眺めたと?」
「……」
「ふむ。気を込めた目で何が見えるのか……面白い!」
「……」
「君、教えてもらえないかな?」
「……」
言葉に窮してしまう。
まずいぞ。
これでは露見が!





