第502話 会談
<異能>
揺魂、魂移、念動力
3つの異能を持つこの男性……。
「……」
もちろん、この老異能者は壬生伊織ではない。
鑑定でも違う名前が明示されている。
ただし、それは肉体が異なるというだけ。
なら……。
器の中に入っているのは、俺の知る壬生伊織じゃないのか?
それとも、全く同じ異能を持つ異能者?
そんな人物が存在すると?
「……」
ひとつの異能ならあり得る話だと思う。
けれど、こいつは壬生少年と同じ3つの異能を所持している。
ダブルでさえ希少とされる異能の世界において、トリプルの異能者で、その全ての異能が一致しているという事実は……。
やはり、中身は壬生伊織。
5年後の壬生少年である可能性は高い。
いや、待てよ。
ここはただの過去ではなく位相世界。
ということは……。
……。
……。
「異能発現のためと称した虐待行為は今後二度と行わない。この約定を破った場合は、即座に我々が幸奈さんを保護する。これでよろしいですか?」
「そんなもの飲めるわけがない」
「……」
「そもそも、称してなどおらん! 正真正銘、異能発現こそが目的だ!!」
和見父の怒声で、老異能者についての考察が中断。
……交渉の行方は、どうなっている?
「仮に異能発現のためだとしても、未成年の虐待など認めることはできません」
「あれのどこが虐待なのだ!」
「すべてが虐待に相当します」
「何だと! 異能培養液に娘を入れて何が悪い。娘の幸せの為なんだぞ!」
「おぞましい液体に入ることを強要する。充分に虐待と言える行為です」
俺が考え込んでいる間に、会談はかなり進んだように見える。
とはいえ、結論には至っていない。
「娘が望んだことだ」
「幸奈さんはそのようなこと望んでいません。ですよね、幸奈さん」
「……はい」
「幸奈、お前!」
「それに加え、他者の異能を何度も浴びせるという蛮行。これを虐待と言わずして何と言うのです」
「……」
「理解してもらえたようですね」
「……」
「それでは、決着ということで! 虐待行為は二度と行わない。約定違反を確認した時点で幸奈さんは我々が保護。こちら、異能全家門に効力のある公式文書に記させてもらいます」
「ちょっと待て! 文書は必要ないだろ」
「いいえ、必要です」
「っ! あんたらは、いつも横暴すぎる!」
「……」
「先生、何とかしてください」
「……」
「坊城先生!」
壬生少年ならぬ坊城老人が閉じていた目を開いた。
「……今日は同席するだけ。そう伝えたはずだ」
「ですが!」
顔を真っ赤に染めた幸奈の父親はいきり立っているが、坊城老人や他の3人は悠然としたもの。
無関心と言っても過言ではないような態度だ。
「これは、非常識な越権行為ですよ!」
「……」
「もはや異能家に対する侵略行為です。これを認めれば、今後はどうなることか!」
「……」
「先生!!」
「ふむ……」
坊城老人が鷹郷さんに初めて視線を。
「……研究所員の皆さん、少々過ぎたる行為ではないのかな?」
「いえ、こちらとしてはかなり譲歩したと思っております。これまでの和見氏の行為に対しては実質不問にしていますし、今後も行動を慎めば我々が介入することはありませんから」
「……」
「かなり穏当な処置かと」
「この先の研究所の有り様に変化は?」
「我々の行動が変わることはありません。今回はあくまで未成年に対する特例措置です」
「なるほど」
「坊城さん、ご理解いただけましたか?」
「……ふむ」
坊城老人は納得してくれたようだ。
残る3名も変わりはない。
ただ、幸奈の父親は。
「先生!」
「和見君、ここは受け入れなさい」
「そんな!!」
「そもそも、君の娘に異能発現の予兆はないのだ。培養液など無駄というもの」
「……」
「では、今度こそ決着ということで。和見さん、よろしいですかな?」
「……」
もちろん、幸奈の父親は承諾などしたくないだろう。
まったく納得していない、そんな顔をしているのだから。
それでも坊城老人の威光は凄いもので、会談はそのまま終了してしまった。
こちらとしては希望通りの決着に文句もない。
坊城老人の登場という想定外はあったものの、拍子抜けするくらいの会談だったかな。
ちなみに、その坊城老人。
主流派からは離れているらしいが、異能界隈ではかなり有名らしい。
孤高の凄腕異能者といったところか。
「鷹郷さん、皆さん、今日はありがとうございました」
「……力になれて良かったよ」
「これで少しは安心して過ごせるかな。まあ、僕は何もしてないけど」
「ほんと、私たち黙って座っていただけだもんね」
「とんでもないです。皆さんのお力がなければ、父は話も聞いてくれなかったと思いますから」
その通り。
俺と幸奈のふたりでは、相手すらしてもらえなかっただろう。
鷹郷さんと部下のふたりがいてくれたからこその、この結果だ。
「本当に感謝しています」
「幸奈ちゃん、感謝はもういいよ。こちらも仕事なんだからさ」
「でも……」
「それより、家にいなくていいの?」
「その……居づらくて」
「まあ、そうだよね。けど、今日は戻るんでしょ?」
「……はい」
戻りたくない気持ちは良く分かる。
俺としても帰したくはない。
ただ、そうもいかないのが現実……。
「何かあったら、すぐ連絡してくれればいいからね」
「ありがとうございます」
「うん、うん、幸奈ちゃんはいい娘だなぁ」
「そんなことないです」
「いい娘だよ。その上、可愛いし」
「……」
あの父親のことだ。
また何かやらかす可能性も低くはない。
とはいえ、しばらくは大人しくしているはず。
それに、幸奈の話を親身になって聞いてくれるこの女性異能者がいれば!
彼女や鷹郷さんがいれば、俺がいなくなっても何とかなる。
そう考えるしかない、か。
「可愛い幸奈ちゃんは、お姉さんが守ってあげるからね」
「僕もだよ」
「えっ、あっ……はい」
「しっかし、こんな娘にあの親爺は!」
「ほんとに!」
「……」
若干弛緩した帰り道。
このまま車に乗り込めば、あとは研究所に戻るだけ。
駐車場もすぐそこ。
だったのだが……。
「ふたりとも、彼女を守るんだ!」
「「えっ?」」
「すんなりとは帰れないようだぞ」
俺たちの前に立ち塞がったのは……。





