第501話 位相??
白い靄のようなものが消えたあと。
顔前には真ジルクール流道場の看板。
傍らに立つのは、道場の関係者であろう武芸者。
『こちらで、稽古をつけてもらうことは可能でしょうか?』
『うむ……。その身なり、余所者か?』
『はい。オルドウにしばらく滞在する予定なのですが、その間にジルクール流を教わりたいと思いまして』
『うちでは、オルドウ市民以外は指導していない。悪いが、他所をあたってくれ』
明らかに不審者を見るような目つきだ。
『……分かりました』
次に向かったのも、やはりジルクール流の道場。
しかし、ここでも断られてしまった。
3軒目に訪れたのは……。
見覚えがあるぞ。
ギリオンと出会ったあの道場だ。
っと、道場の手前で映像が途絶え白転!
「……」
やっと終わるのか?
それとも、まだ続く?
四度目の真白が晴れた先は、あのビルの一室ではなく……。
冴えた月明かりが道を照らしている。
ここは……夕連亭の前。
ちょうど通りに出たところだ。
こちらに歩み寄って来るのはウィルさん。
後ろにはベリルさんも。
『コーキさん……』
『……』
ウィルさんの顔には、安堵とも哀惜ともつかない色。
複雑な表情が白月に照らし出されている。
『今日のこと、忘れません』
『……はい』
『次に会う時は、あなたに……』
『……』
深夜の夕連亭前。
オルセーと戦った後のやりとりだろうか?
おそらく、そうだとは思うが……。
『ウィル、あれを渡すのだろ』
『そうでした。コーキさん、受け取ってください』
ウィルさんの手の上には青い色石。
『この石は?』
『純魔石です』
『純魔石! そのような高級品、いただけません』
『私が無事だったのは、あなたのおかげです。それは間違いないことです。ですから……』
『……』
『ウィルの気持ちです。貰ってやってください』
『お願いします』
『……分かりました』
状況的には、俺の過去とほぼ同じ。
けれど、何かが違う。
この場面も、これまで見た映像も。
すべてが、俺の過去じゃない。
となると、やはりここは。
『では、これで』
『コーキさん』
差し出されたベリルさんの手と握手を交わす。
『失礼します』
『……』
俺の辞去の言葉とともに、五度目の白化。
真白が俺を包み込んでくる。
そして……。
『この森は新人がひとりで入るには危険すぎる。どうしてもというなら、浅層だけにしておくことだ』
『浅層だけなら安全なのでしょうか?』
『安全とは言えぬが、奥よりはましだろう。深部には強力な魔物が跋扈しているからな』
今度は常夜の森の入り口。
そこで、先輩冒険者から助言を受けている。
ただ、その相手が……メルビン。
先日まで、エンノアで一緒に過ごしていたメルビンさんだ。
さらに、後ろにも見知った顔ばかり。
テポレンの調査のため、メルビンさんと共に行動していた冒険者の面々が控えている。
『メルビンさんの言う通り、深部に入ったらおしまいだぜ』
『浅層でも十分危険だけどね』
『まあな』
『……』
『ふむ。君が良ければ一緒に入るか?』
『ありがとうございます。ですが、今日はひとりで入りたいと思います』
『そうか……』
『はい。少し様子を見るだけなので』
この場面には全く覚えがない。
メルビンさんと話をした記憶など……。
やはり、これらの映像は位相の世界。
そういうこと、か。
と、ここで六度目の白転!
今度は何を見せてくる?
どんな位相の場面を?
徐々に真白が薄れ、浮遊感も消えていく。
今回はあの曖昧な感覚も薄れて……。
……。
……。
「……戻ってきた?」
セミダブルの立派なベッドに小ぶりなソファー、窓の外には電子の灯り。
俺が異世界間移動を発動する前の状態そのまま。
間違いない。
研究所の入ったビルに戻っている!
「……」
これまで経験したことのない異世界間移動のトラブル。
場合によっては、どこかの位相世界に移動してしまうのではないかと危惧していたが……。
どうやら、無事に帰れたようだ。
「……」
込み上げる安堵を抑え、状況確認を。
まず、今の時間は……。
「!?」
1分も経っていない!
向こうの世界で異世界間移動を発動してから数秒でここに?
位相世界を見ていた時間はどこにいった?
まさか、一瞬の間に5つの場面を見たと?
そんなこと……。
「……」
分かるわけないか。
考えるだけ無駄だな。
位相への移動も異世界への移動も、超常のもの。
その仕組みは人の理解を越えているだろうから。
今回の件は事故みたいなものだと。
今はそう考えておこう。
「っ!」
また眠気がぶり返してきたぞ。
駄目だ。
起きてられない。
今夜はもう、このまま……。
……。
……。
その夜は、幾つもの夢を見たような気がする。
驚くような夢、忘れちゃいけない夢。
そんな夢を見たような……。
残念ながら、朝には全て忘れていたのだが。
翌朝。
鷹郷さんの指示のもと、研究所を出発。
幸奈の父と会談を行うため、和見家の屋敷に乗り込むことに。
こちらは幸奈と俺、鷹郷さん、さらに、その部下2名。
対する和見家は和見父と初見の4名の男性。
奇しくも5人同士の会談となったわけだ。
「……」
和見方の4名の初見男性のうち3名は異能者。
これは想定内と考えていい。
相手方が異能者を揃えるのは当然のことだろうから。
問題はひとりの異能者だな。
「……」
会談開始後、一度も口を開かない総白髪の高齢男性。
明らかに只者ではない空気を纏っている。
当然、鑑定すべきだろ。
周りに不審を抱かれぬよう静かに鑑定を発動……。
<異能>
揺魂、魂移、念動力
何!?
揺魂に魂移?
さらには、念動力まで!
「……」
これは、あいつの異能と同じ。
所持している異能が、壬生少年とまったく同じものだぞ!





