第500話 位相?
「コーキさん?」
「!?」
近づく気配、掛けられた声に、体が瞬時に反応。
無意識のまま周囲を確認してしまう。
「……」
ああ、うとうとしていたのか?
「お疲れのようですね」
視線の先には、夕連亭の店員。
顔見知りの若い男性だ。
彼がこちらを心配そうに見つめている。
「少しやつれてますよ」
「そう見えます?」
「見えますね」
「……」
「コーキさんは働き過ぎですって」
働き過ぎ?
そうなのか?
……そう、かもしれないな。
ただでさえ、忙しい異世界と日本の二重生活。
そんな中、特にここ最近は休みなく動いていたような気がする。
セレス様の不幸を回避するため、体力と神経をすり減らしながら警戒を続けていた日々。
やむを得ないこととはいえ、身体を酷使してしまったようだ。
「オルドウを離れて、相当な無理をされていたのでしょうね」
「いえ……」
今は24時間以上の不眠が続いている。
やつれて見えるのも、睡魔が襲ってくるのも当然、か。
それでも、食堂で食事前に意識を手放しかけるなんて!
情けない。
これは、早くあちらの世界に戻って仮眠をとった方が良さそうだ。
「ワディン紛争に関わっていたとか?」
「……」
関わるどころか、その真ん中にいましたよ。
「冒険者の中には、ワディン領まで遠征している者もいるようですし」
「オルドウの冒険者が?」
「ええ。私が聞く限りでは、結構な数みたいです」
オルドウからワディン領までの距離を考えると……。
あり得ない話じゃないな。
「まだまだ紛争は続きそうですので、これからもワディン領に向かう冒険者は増えるでしょうねぇ」
「……」
「まあ、そんなことより、コーキさんは身体を労わってください」
「……ありがとうございます」
「いえ。何といっても、ウチにとって大切なお客様なのですからね」
「……」
「それで、食事はどうされます? 少し上で休まれますか?」
「いえ、食事をお願いします」
「……そうですか。では、こちらガントになります」
とりあえず、目の前の料理をいただくことにしよう。
柔らかい肉の食感がたまらないガンドの美味しさに吹き飛んでいた眠気も、常宿に戻る頃には戻ってきたようで、どうにも体を重く感じてしまう。
となると、明日に備えて早くあちらに戻りたいところだが。
「ここで休む方が睡眠時間は取れるからなぁ……」
宿での3時間が研究所に戻ったら1時間。
当然ながら、この世界で休む方が効率的だ。
ただ、早くあちらの世界に戻りたい気持ちも拭い切れない。
「……」
やはり、まずは戻るべき?
そうだよな。
よし。
「……異世界間移動!」
発動後は恒例の流れ。
目の前が白くなり、既に慣れてしまったあの浮遊感が……。
ん?
違う!
これは??
「……」
瞬く間に完了するはずの移動が、終わらない。
目の前は依然として真っ白なまま。
浮遊感も変わらず。
感覚はいつもと同じなのに、到着しない。
移動が終わらない。
この異常な状態はいったい?
何が起きている?
「!?」
焦燥感に駆られる俺の前で、真白が消失。
到着か?
いや、到着していない!
浮遊感が残っている!
「……」
どこともしれない空間を漂っているような感覚のまま。
真白が消えたあとに浮かんできたのは……。
『新人、ちいとツラ貸しな』
『……』
『何だ、その目は!』
『生意気な野郎だぜ』
ここは……。
オルドウの冒険者ギルドの裏にある狭い路地、か?
『こいつに冒険者の基本を教えてやろうぜ』
『そうだな。先輩がキッチリ教えてやるか』
『……』
人目のないギルドの裏手で中堅冒険者が新人に絡んでいる。
『感謝しろよ』
俺に経験はないものの、冒険者間ではよく耳にする話だ。
しかし、なぜ?
どうして異世界間移動中にこんな光景が目の前に?
『ほら、ついて来い』
『タダで指導してやるんだぜ。ありがたく思えよ』
3人と1人は、さらに奥にある路地裏へ。
そして……。
『わ、悪かった』
『ううぅ』
『……』
路地裏の地面に倒れ伏す3人の中堅冒険者。
『……』
中堅3人が新人に捻られるという場面は、実際のところそう見られるものじゃない。
とはいえ、驚くほどでもない。
問題なのは、この光景を作り出した新人冒険者。
3人の冒険者に絡まれ、彼らを地に這わせた新人が……俺だってことだ。
「……」
もちろん、俺はこんなことをしていない。
だから、この映像はただの虚構、白昼夢のようなもの。
そう思いたいが……。
今の状況下で、これを単なる架空事象と捉えるのは無理があるだろう。
なら、これは……位相世界のひとつ?
異世界間移動と位相への移動が混線でもしたと?
っと!?
再び周りが真白で覆われ……その白も消失。
次に眼前に現れたのは。
『カハッ?』
むせている。
『アッ、アア……』
首から血が!
ここは夕連亭。
俺が首を斬られた、一度目のあの場面だ!
『カッ、カハッ』
手足の力が抜け。
膝が崩れる。
その直前、振り返った俺の目に入ってきたのは……。
『……』
もちろん、この情景は今も深く心に残っている。
忘れられるわけがない!
ただし、あの時は振り返って確認などできなかったはず。
体の力が抜け倒れたところに、犯人らしき者の足先が見えただけだった。
微妙に現実と異なっている?
ならば、これも位相?
位相世界でも俺は同じことを……。
「っ!」
三度、目の前が白化。
今度は何が?





