第498話 オルドウ
5年前の位相世界から異世界へ……。
このような異常事態下で、異世界なんかに渡っている場合か?
そうも考えてしまう。
ただ、異世界間移動は夜の数時間を有効に活用できる手段でもあるんだ。
何といっても、12時間の滞在で8時間という時を捻出できるのだから。
それに、今回は厄介事に関わるつもりもない。
大人しくしていれば、この世界の4時間後には戻ることができる。
やはり、異世界間移動を使った方がいいだろう。
よし!
移動するぞ!
「……」
鑑定で確認したところ、異世界間移動の行使に問題はない。
危険もない。
ならば。
「……異世界間移動!」
発動と同時に、いつもと同じ奇妙な感覚が身を包み込んでくる。
「……」
無事に渡れるのか?
何か違いは?
向こうの世界は、どうなっている?
そんなことを考えている内に、転移は終了。
目に入ってきた光景は……。
「あの宿、か?」
前回の転移は、テポレン山でセレス様と別れた日の夜。
オルドウの街に入った後に、常宿から行っている。
そして、今俺がいるのは……。
その宿に借りた部屋の中だよな?
「……」
造りのしっかりしている硬いベッドに飾り気のない1人用のテーブル。
壁には、くすんだ風景画。
道路側に設えられた小窓。
小窓から見える眺めも……。
間違いない。常宿の一室だ。
「……」
窓の外に見えるオルドウの街は、早朝のもの。
柔らかい日差しの中、人々が通りを行き交っている。
前回転移した時刻、日本での活動時間、位相世界で過ごした時間。
それらを考慮すると、経過時間に大きな齟齬はない。
つまり、普段の異世界間移動と時間の面で変わりはないってことだ。
「いや……。そうとも限らないか」
一見、整合しているように思えるが、この世界自体が位相異世界、または数年前のオルドウという可能性だってある。
まずは外に出て確認すべきだな。
というわけで、やって来たのはオルドウの冒険者ギルド。
カレンダーはもちろん、時間を伝える魔道具も設置されている冒険者ギルドは、現状を確認するにはうってつけの場所だろう。
「さてと」
久しぶりの冒険者ギルド。
正門をくぐった先は……。
俺の知るギルドそのもの。
まったく変わりがない。
5年前とは到底思えない眺めが広がっている。
「……」
時を確認するため、カレンダーと魔道具の前へ。
そこに表示されていたのは……4刻(8時)!
俺が日本に戻った日の翌日。
その4刻だ!
「……そうか」
俺の活動していた異世界の時間と同じ流れ。
ここは過去世界じゃないってことだな。
薄々感じてはいたものの、何だろう?
この力が抜けそうな感覚は?
「……」
けれど、まだ分からない。
ここが位相異世界という可能性も。
「おい、あそこにいんのはダブルヘッドスレイヤーじゃねえか」
「ああ、ダブルヘッド殺しの新人だ」
「オルドウに戻ってたんだな」
「けどよぉ、髪色がおかしいぞ」
「確かに……ってことは、別人?」
どうやら、その可能性も限りなく低そうだ。
……。
……。
一応、もう少しだけ確認しておくか。
顔なじみの受付嬢、エリスさんのいる素材買い取りカウンターに足を運ぶと。
「朝から買い取りですか……あっ、コーキさん!」
「ご無沙汰しております」
「本当にお久しぶりです。ダブルヘッドの件以来ですよね?」
驚いた表情の後に、きっちりと営業スマイルを見せてくれるエリスさん。
「そうなりますね」
「白都に行かれていたとか?」
「ええ、まあ……」
ウィルさんの護衛でキュベルリアに向かった後、すぐにオルドウに戻るつもりだったのが、黒都カーンゴルム、エビルズピーク、ローンドルヌ河、トゥレイズ城塞、テポレン山と随分長い旅路になってしまったな。
「コーキさんのような凄腕冒険者がオルドウに戻ってきてくれて、ギルドとしては心強いですよ」
「……」
この仕草、会話内容、話しぶり、全て俺の知るエリスさんそのもの。
「それで、本日の買い取りは?」
「ああ……これをお願いします」
買い取りカウンターで、素材を渡さないわけにもいかないよな。
複数の魔物素材を収納から取り出し、受付台の上へ。
「これはまた、貴重な素材を! 少々お待ちください」
素材を持って後ろに下がろうとするエリスさん。
悪いけど本題はそれじゃないんだ。
「エリスさん、少しお時間いただけますか?」
「……分かりました。では、素材確認は別の者に任せますので」
「ありがとうございます」
「いえ。それで、ご用件は?」
とりあえず。
「ここ最近の状況を教えてもらえませんか?」
それから数分、話を聞いたのだが……。
おかしな点、不可解な箇所はひとつもなかった。
つまり、ここは5年前でもなければ、位相の世界でもない。
俺が活動する異世界。
昨日まで過ごしていたオルドウの街。
そう考えた方が良さそうだ。
なら、どうする?
「コーキさん、こちらからもひとつ話があるんですよ」
「……何でしょう?」
「近い内に、領主館を訪れてはいただけないでしょうか?」
「……」
「ダブルヘッド討伐の褒賞など、領主様にも色々とお考えがあるようなので」
そういえば、そんな話もあったな。
「コーキさん?」
「……分かりました。今は多忙のため無理ですが、時間ができたら伺いたいと思います。では、私はこれで」
「えっ? 待ってください!」
「あとのことはエリスさんにお任せします。もちろん、お礼はいたしますので」
これ以上、ギルドに残っても良いことはないだろう。
エリスさんには申し訳ないけど……。
「ちょっと、コーキさん! ギルマスも呼んでるんですよ!」
「それも、よろしくお願いします」
エリスさん、本当にごめん。
必ずお礼はしますから、諸々頼みます。
「コーキさん!!」
エリスさんの声に後ろ髪を引かれながらも、足早に外に出る。
あっという間に朝の喧騒の中に。
「……」
もうオルドウの街に用はない。
ここからは、エンノアにいるセレス様の様子を確認……する必要もないか。
昨日の今日で状況が変わることもないだろうからな。
そうすると……。
やはり、魔落だな。
トトメリウス様に会いに行こう。





