第497話 移動
古野白さんの創り上げた炎の中、悲痛な叫びと共に消失した邪狼狗。
炎が消えたあとには、その身の一欠片すら残っていない。
巨大蜘蛛に次いで邪狼狗まで、跡形もなく消えてしまった。
「大異形を倒したぜ!!」
「倒した、のね?」
「ああ、よくやったぞ、古野白!」
「よかった……」
「おいおい、勝利の立役者が何て顔してんだ」
「今の炎弾で力を使い果たしたのよ」
「おう、確かに凄え威力だったわ」
「ああ、見事な炎だった。邪狼狗滅失は古野白の手柄だな」
「……敵は瀕死の状態でしたから」
「仕留めたことに変わりねえだろ。誇っていいと思うぜ!」
「私だけの力じゃないわ。みんなと……有馬さんのおかげよ」
「まあな、オレの力は大きいよな」
「……」
勝利に湧くみんなの声に安堵を覚えながらも、どうしても気になってしまう。
狼の異形邪狼狗……。
鑑定できないステータス、攻撃が通りづらい肉身、そして消失。
すべてがあの兇神、エビルズピークの悪意が持っていた特質と一致していた。
大異形に兇神という異なる世界の2つの存在が同じ……。
そんなことを考えていると、鷹郷さんがこちらに。
「有馬君、でいいのかな?」
「はい」
「ご助力、感謝する。無事に滅失できたのも君のおかげだ」
異形を消し去ることを滅失というのか。
「……いえ、上手く倒せてよかったです」
「上手く、どころじゃないな。君は透過状態の異形を素手で圧倒したのだから。あり得ないことだよ」
いつも冷静で、滅多に感情を表に出さない鷹郷さん。
こんな表情を見るのは、あの廃墟ビルの屋上以来かもしれない。
「そうだぜ。兄さん、ほんとは異能を使えんじゃねえのか?」
「有馬さん、あなた本当に普通人なの?」
これも懐かしいな。
5年後の古野白さんが何度も口にした質問だ。
「……」
ここは異なる位相世界かもしれない。
けど、やっぱり彼らは俺の知る3人だよ。
「異能者としか思えないわ」
「だよな」
答えは、これもいつもと同じ。
「残念ながら、異能は使えない」
俺の答えに納得いかないといった表情を浮かべるふたり。
ほんと、5年後の表情そのままだ。
「楓季ちゃん、大志君!」
そこに飛び込んで来たのが里村。
「ちょっと、里村君」
飛びつく勢いの里村に、古野白さんが引いている。
「やったね!!」
「おうよ、完膚なきまでに消し去ってやったぜ」
「あの大異形の滅失に成功するなんて、ほんと凄いよ!」
「だろ、凄えだろ! オレ様の力、見直したか?」
「うん。大志君の言葉が耳に障らないんだから、間違いないね」
「それ、褒めてんのか?」
「もちろん」
「……」
「功己さん、素晴らしかったです! でも、怪我してません?」
里村に続いて、幸奈も。
「……ああ、そっちに問題は?」
「かなり離れていたので、大丈夫ですよ」
「そうか……」
異形は消え、幸奈も無事。
なら、先のことを考えないと。
まずは鷹郷さんと話をする必要があるが……研究所に戻ってからだろうな。
「里村、事後処理の時間だ。記憶消去を頼む」
「了解です」
「鷹郷さん、私たちは?」
「古野白は休んで快復を優先するように。復旧は、4人いれば十分だろ」
「先輩方は倒れたままですけど?」
「意識を失っているだけで問題はない……それに、到着したようだぞ」
「っ! 援軍を呼んでたんですね」
「邪狼狗との戦いには間に合わなかったがな」
鷹郷さんの言葉通り、なかなかの気配を持った5人がこちらに近づいて来る。
「……」
なるほど。
この5人が鷹郷さんたちに加われば、俺がいなくても邪狼狗を倒せたかもしれないな。
「功己さん、明日は……」
「和見家には、俺も一緒に行く。だから、今夜は安心して眠ってほしい」
「……はい」
そう返事をした幸奈は、口を閉ざし俯いてしまった。
「……」
「……」
能力開発研究所の入ったビルの上階。
来賓用客室を1部屋ずつ与えられた俺たちは、各自の部屋で夜を過ごすことになっている。
ただ、幸奈は……。
明日と今後の件についての話を終えた後も、俺の部屋に残ったまま。
椅子に座り俯いている幸奈に、自室に戻る様子は見えない。
「……」
「……」
数時間前のこと。
邪狼狗騒動の直後に研究所に戻った俺は、さっそく鷹郷さんと会談を行うことになり、そこである程度の事情を話したんだ。
難しいものになるだろうと考えていたのに、結果はこちらの想定以上。
特に揉めることもなく、会談は成功の裡に終了してしまった。
しかも、希望がほぼ叶った状態で。
事情を理解した上で、幸奈の保護を快諾してくれた鷹郷さんには感謝しかないな。
本当に……。
とはいえ、当面は和見家への監視体制を整えるだけ。
幸奈は、これまで同様和見家で暮らす予定になっている。
もちろん問題があるようなら、すぐにでも研究所の関連施設に幸奈を迎え入れることになるだろう。
15歳の幸奈を迅速に引き取ることができるのは、未成年者に対する様々な問題を異能関係の特例で無視できる研究所ならでは。
さすが、超法規的異能機関といったところか。
「功己さん……」
「うん?」
「明日には……。明日の昼には元の世界に戻るんですよね」
「それは、まだ分からないな」
全ては和見家での会談次第。
鷹郷さんが手筈を整えてくれているのだから滞りなく進むはずだが、こればかりは明日になってみないと。
「でも、父が全てを了解してくれたら」
「……元の世界に戻るつもりだ。ただし、戻る方法が定かじゃない現状では、やはり戻るとは言い切れないかな」
「そう、なんですね!」
「ああ」
「よかったぁ」
瞬く間に、幸奈の顔から懸念が消えていく。
「……」
「あっ、ごめんなさい」
「いいんだ。幸奈の不安は理解している」
「けど、功己さんが戻れないのを喜んじゃって、わたし……」
「本当に気にしなくていい。元の世界の幸奈も君も、俺にとっては大切なんだから」
「ううっ……。そんなこと功己には言われたことないのに」
そうだよな。
15歳時の俺が、そんなこと口にするわけないよなぁ。
「嬉しいです!」
ほんと、申し訳ない。
「……」
しかし、位相世界のここでも俺の性格は同じなんだな。
幸奈も武上も古野白さんも、みな俺の知る通り。
異なる世界とは思えないぐらいだよ。
いや、里村だけはちょっと性格が違っていたか。
そう言えば、鷹郷さんも少し……。
「わたし、そろそろ部屋に戻りますね。疲れている功己さんには、ゆっくり眠ってもらわないと」
「……ああ、おやすみ」
「おやすみなさい」
一転して、明るい表情になった幸奈が部屋に戻っていく。
俺は……。
明日の朝まで、時間を無駄にするわけにはいかない。
かといって、この深夜に和見家の地下室に侵入して戻る手段を探すというのも気が引ける。
それなら……あちらの世界に行ってみよう。
今ここで異世界間移動を使えば、あちらでは12時間後に再びの発動が可能。
その際、この世界での時間経過は1/3の4時間。朝までには余裕で帰還できる。
時間的な問題はない。
さて。
あちらの世界も位相異世界なのか?
5年前なのか?
俺が元の世界に戻るヒントはあるのか?
「……」
トトメリウス様のもとを訪ねるというのも、ひとつの手だな。





