第496話 邪狼狗 5
これまでと変わらず拳撃も蹴撃も邪狼狗の体をとらえているのに、手応えがない。
何度攻撃しても、手足に残る感触は同じ。
ただ、これは……。
手応えがないというより、軽い感じか?
『効かぬなぁ』
やはり、ダメージはほとんどないようだ。
『クククッ』
「……」
困った。
邪狼狗の攻撃は恐るるに足りないとはいえ、こちらの拳が通らないのでは倒しようがない。
埒があかない。
あと数撃で倒せる状態だというのに……。
このまま急所を狙って少しずつでも削っていくか?
それとも……。
「おそらく、あれは透過だろう」
次の手に迷い、距離を取った俺に届いたのは鷹郷さんの声。
「とうか、ですか?」
「ああ、異形の持つ特殊技能だ」
「透過は、力を持った異形が使える異能みたいなものよ」
なるほど。
さっき鑑定できなかった邪狼狗のスキルがこの透過か。
「……」
念のため、もう一度鑑定だな。
<スキル>
威圧、透過、隠形
「!?」
見えた!
一度目は見抜けなかった邪狼狗のスキルが、どういうわけか認識できる!
威圧と透過に気づいたから?
だから、鑑定が反応したと……。
「透過中の異形には、異能攻撃しか効果がないの」
「こうなった以上、あんたの攻撃は効かねえ。あとはオレたちがやるから、下がってくれ」
「距離を取るだけじゃない。退くんだ!」
「……」
「普通人の君が戦う必要はない!」
「有馬さん!」
古野白さんも武上少年も鷹郷さんも、まだ戦える状態じゃないのに俺の心配を。
「……」
「早く後退するんだ!」
しかし、後退は……。
どう考えても、それはないな。
3人を残して退くという選択肢なんて選べるわけがない。
「鷹郷さんたちは自身の回復に専念してください、こちらは平気ですので」
「君!」
「有馬さん!」
大丈夫。
鑑定によると、透過状態に効く攻撃は異能だけじゃないようだからな。
ある意味、異世界の化け物と同じだ。
ただし、それを使うと手の内を見せることになる。
露見のリスクも増してしまう。
「……」
まっ、事ここに至っては、ある程度は仕方ない。
点滅で済ませれば問題ないだろ。
『考えても無駄だ』
視線を邪狼狗に戻してみれば。
俺の攻撃が通らないと確信し、余裕の表情を見せている邪狼狗。
『ククッ、さっきまでの勢いはどうした?』
「こっちは何も変わってないぞ」
『下らぬ虚勢を! 痴れ者が!』
虚勢でも強がりでもない。
攻撃を通す自信があるんだよ。
「そっちこそ、口だけか? 仕掛けてこないのか?」
『下等種風情が生意気な!』
大異形がこんな安い挑発に乗るとは。
相当頭にきているようだ。
おっと、この動き?
満身創痍だというのに速度が上がっている。
『◇&%!!』
端麗な顔を鬼のような形相に変え、飛び込んでくる邪狼狗。
確かに速いが、今の俺の敵じゃない。
『△$#!』
軽くステップを踏むように突撃を躱し。
『&*@!』
振るわれる腕も避けていく。
『●@¥!!』
こいつ、興奮すると何を言ってるか分からない。
ただ耳障りなだけ。
「……」
もう、いいだろう。
『△%#!』
自身には攻撃が効かないと油断して放つ防御無視の大振り攻撃。
そんなもの、当然のように隙だらけだ。
これまでは使っていなかった魔力を右の拳に纏わせ、強化した正拳をその隙に叩き込んでやる!
ドン!!
よし、手応えあり。
魔力を纏う前の、軽い感触とは全く違う。
鑑定の指摘通り、魔力を含んだ攻撃は効果ありってことだな。
さて、邪狼狗はというと。
『!?』
予期せぬ痛みに、声も出ない様子。
目を見開き、動きも止まっている。
無防備極まりない体勢だ。
なら、次は腹部に左拳を一発。
ドスッ!!
『グウッ!!』
鈍い感触がしっかりと伝わってきた。
『ウゥゥ……』
邪狼狗は痛みに身を屈め、蹲ろうとしている。
これで終わりだな。
足裏に魔力を集め、右足を上げようとした瞬間。
『……オオオォォォォォォ!!!』
今にも倒れ込みそうだった邪狼狗から咆哮が!
『オオォォォォォォォ!!!』
屈んだ状態で顔だけを上に向け、叫声を上げている!
「……」
至近距離で放たれた威圧の咆哮。
耐性のある俺でも、これはキツイものがある。
とはいえ……。
動けないことはないんだよ!
魔力充填済みの右足を上げ。
『ォォォォォ……』
咆哮を終え、力を使い果たした邪狼狗に向け。
真正面から、右足の蹴りを……。
ドゴン!!
叩き込んだ!!
『!?』
驚愕に歪んだ顔で吹き飛ぶ邪狼狗。
数メートル先の地面に沈……。
立ち上がった!?
まだ動けると?
「……」
さすが大異形。
とてつもなく頑丈な体だな。
『&#◇……』
ただ……。
立ったと言っても、もはや死に体。
足を引きずりながら、後退して行く。
『……』
向かう先は、里村や幸奈がいる後方。
あいつらを人質に取るつもりか?
『△*$……』
いや、3つ目のスキルで身を隠すつもりかもしれないな。
スキル隠形。
これは単に姿を消すスキルじゃない。
生物の中にその身を隠すという自己封印スキルだ。
鑑定によると、数百年に渡る封印の中で体得した新スキルらしい。
『@&¥……』
もちろん、そんなことはさせないが。
足を引きずる敵に詰め寄るのは容易いこと。
今度こそ決めさせてもらうぞ。
邪狼狗に向け足を踏み出したところで。
「行かせないわ!」
古野白さん……もう回復を?
「炎弾!!」
「……」
清冽な気合と共に放たれた豪炎が、邪狼狗を追う俺を越えていき……着弾!!
『ギャアァァァ!!』
獄炎が邪狼狗を覆い尽くす!
『◇#●# ァァァ……』
燃え盛る炎の中、悲鳴が消え……。
炎が消え……。
そして……。
邪狼狗が消滅した!!





