第50話 エンノア 6
「えっ!?」
鬼籍に入った?
まさか亡くなったのか?
……。
そんな馬鹿な。
「残念なことですが……」
本当に!?
間に合わなかった。
「……」
間に合わなかったのか!!
……。
あれから10時間ほど経過した。
今は休憩用に用意された一室でひとり休んでいる。
「……」
救えなかった無念を押し殺して、残り13名にビタミンを与えるという作業を続け、重症者に対するほどじゃないが治癒魔法も使った。
そして経過観察すること数時間。
こちらの想像以上の成果が出始めている。
特に重症者の良化が顕著で、かなりの改善が見られたのだ。
ビタミン摂取から数時間でここまで劇的な効果が出るとは思わなかったが、これは嬉しい誤算だ。
異世界の人にとって、日本製ビタミン剤が日本の常識以上に効果があったのか、それとも俺の魔法が効いたのか。
どちらにしても、本当に良かった。
これで、次の治療にも自信を持つことができる。
……。
次の治療、それはリセットした後の治療だ。
今朝エンノアの療養室でひとりの患者が亡くなったと聞いた時、すぐにでもリセットしようかと考えた。けど、まずは薬の効果のほどを確かめたかったんだ。それ次第では、俺の用意する薬類も変わるし、行動も変わってくる。だから、効果が目に見えるまで待つつもりだった。
そして、今。
想像以上に早く、予想以上の効果を確認した。
さらに、これも想定外だったのだが。
「ステータス」
有馬 功己 (アリマ コウキ)
レベル 2
20歳 男 人間
HP 121
MP 171
STR 201
AGI 138
INT 232
<ギフト>
異世界間移動 基礎魔法 鑑定初級 エストラル語理解
セーブ&リセット(点滅)
セーブ&リセット 1
<所持金>
1、650メルク
<クエスト>
1、人助け 済
2、人助け 済
3、魔物討伐 済
4、少数民族救済 済
<露見>
地球 2(点滅)/3
エストラル 0/3
少数民族救済のクエストが達成済みになっていた。
その上、セーブ&リセットを手に入れることもできた。
これは本当にありがたい。
今は心からそう思う。
だから、ここですることはひとつ。
リセットをするだけだ。
……。
そこまでする必要があるのか?
そういう思いもないことはない。
だけど、なぜだろう?
このまま放置できないと思ってしまうんだ。
困っている者全てを救えるなんて考えてもいないし、自分のことを聖人君子だとも思っていない。
でも、エンノアの患者の命を助けたいという思いが、どうしても込み上げてくる。
なら、今はその思いに従おう。
「リセット!」
もう慣れた感覚から、すぐさま身体の自由を取り戻す。
リセットした今はテポレン山に初めて入る直前。
薬草採取前の午前の早い時間だ。
ここからどうするべきか。
エンノアに行き、信用を得て、病の話を聞き出す。
その後、オルドウには戻らず、エンノア近くのテポレン山中からそのまま日本に移動。
早ければ、その時点で7刻(14時)。日本では午後6時くらいか。
日本ではビタミン類を購入し、12時間後の午前6時にエンノアに戻る。
エンノアでは10刻(20時)のはず。
この流れでいくと、今日の夜には治療を開始できる。
患者の亡くなった時刻は、聞いたところでは、前の時間軸で俺が再びエンノアを訪れた日の未明。おそらく午前2時から5時の間。
……。
1度整理しよう。
エンノア時間で考えると。
初日 テポレン入山 → フォルディさんを助ける → 宴の後、病を知る
2日目 オルドウに戻る → 日本に戻り、薬を購入 → 深夜に患者死亡
3日目 早朝エンノアに戻る→ 患者の死亡を知る
前回はこういう流れになる。
なので、今日初日の20時に薬を持ってエンノアに戻ることができれば、30時間程度の時間的余裕が生まれるということだ。
それなら、十分治療ができるはず。
このプランでいくか。
もうひとつ。
今すぐに日本に戻り薬を購入した後に、エンノアに行くという考えもあるが・・・・・。
いや、だめだ。
そうすると、フォルディさんの命が危ない。
やはり、最初のプランだな。
そうと決まれば時間との勝負。いくら余裕があるといっても不測の事態が起こる可能性もあるし、何より早いに越したことはない。
すぐに、エンノアに行くぞ。
と、待てよ。
フォルディさんの襲われた時間に合わせた方がいいのか?
早く到着してフォルディさんに外に出るなと言うとか・・・・・理由を説明できないな。
仕方ない。
その時間に合わせるか。
前回の到着は12時半頃だったはず。
なら、その少し前に着いておこう。
ということで、まだ余裕がある。
ゆっくり登るとするか。
ちなみに、若干の時間修正後のタイムテーブルは。
2度目の初日
テポレン入山 → フォルディさん救出 → 病を知り日本に移動 16時
→ 日本で薬購入 → エンノア再訪 22時 → 治療開始
こんな感じか。
しかし、異世界間を行ったり来たりしている上にリセットまでしているので、油断していると今がどういう状況なのか混乱してしまいそうだ。
常に状況を確認しながら、進めないといけないな。
ということで、出発だ。
意気込んで進んだテポレン登山は順調そのもの。
魔物にもほとんど遭遇することなく、随分と楽に登ることができた。
時間的にも余裕があったのでなおさらだ。
すっかり忘れていたが登山中に思い出した薬草採取も完了。
一応今はギルドからの依頼を受けている最中なんだよな。
とまあ、問題もなくテポレン山を登り、初めてフォルディさんと出会った場所に到着したのだが、時刻はまだ12時。
少し早かったようだ。
フォルディさんの姿も見当たらない。
その辺に姿を隠して待つことにしよう。
……。
待つこと数分。
ん?
やって来たのは、ひとり、ふたり……。
フォルディさんと、もうひとりは誰だ?
時刻は12時15分。
この後、ブラッドウルフが現れるという流れで間違いないよな。
とすると、あれは誰だ?
前回はいなかったよな。
……。
ちょっと遠いが、姿形や顔を認識できない距離でもない。
あれは……。
女性、若い女性だ。
シェリーさんと同じくらいに見えるから、15から18歳といったところか。
見覚え……あるような、ないような。
「うーん」
エンノアの住民は50人程度。
そのうち、18名の病人とゼミアさん、スペリスさん、フォルディさん、ミレンさん、ゲオさん、サキュルスさん、ゼミアさんの家族の方々、シェリーさん。これらの方とは直接面識がある。
つまり、約半数は認識できないということか。
なら、あの女性を知らなくても不思議じゃない。
でも、見覚えがあるような……。
などと考えていると、ふたりの会話が聞こえてきた。
「兄さま、そっちの点検は終わりましたか」
「もう少しだよ。ユーリアの方は?」
「こっちも、もう少しです」
「分かった、早く済まそうか」
「はい」
あの声、やはり聞き覚えがある……。
集落で会ったのかな?
「あっ、きゃあ!」
えっ!?
悲鳴が耳に突き刺さる。
何だ、これ?
ちょっとした悲鳴なのに。
あ、頭が痛い?
「どうした、ユーリア!?」
ユーリア…………!?
「っ、ぐっ!!」
次の瞬間、さらなる激痛が頭に走る。
頭の中を火箸でかき混ぜられたかのような激痛。
「うぅぅ、こけちゃった」
「ユーリアはドジだなぁ」
「あっ、あ、うっ……」
意識が飛びそうだ。
ユーリア、ユーリア、ゆーりあ……。
「ぐ、ううぅ、ぐっ!」
何も考えられない。
目の前が暗くなる。
だめだ!
ここで倒れたら、誰がブラッドウルフを倒すんだ。
誰がフォルディさんを助けるんだ。
ユーリアを……?
ユーリア!!
「!?」
突然、頭痛が消えた。
まるで何もなかったかのように。
痛みなど微塵も残っていない。
だが、その代わりに……。
恐ろしいくらいの速さで幾つかの光景が頭に浮かんでくる。
まるで、フラッシュバックするかのように。
――――――
『フォルディ兄さま、逃げて、早く逃げて!』
小柄な女性が悲壮な顔で叫んでいる。
その前にはひとりの男性。
『ユーリア、何を言ってるんだ。ボクがなんとかしてやる』
怯えた顔つき。
それでも、女性を背に庇おうとしている。
早く駆けつけて助けてあげたい。
でも、まだ距離がある。
『だめ、ブラッドウルフになんか、もう』
『いいから、ボクが引きつけている間に、ユーリアは逃げるんだぞ』
『いや、兄さま、やめて!』
『このままだと、ふたり共危ないんだ。ユーリア、分かるだろ』
『いや、分からない』
『……今から走ってあいつを引きつける。その隙に地下に逃げ込むんだ』
『いやよ』
『我が儘言わないでくれよ。じゃあ、いくから』
そのかけ声と共に走り出す男性。
そして、足下にあった拳大の石が数個浮き上がる。
これは?
魔法じゃないよな。
超能力?
念動力か?
『グロロルゥゥ!』
『うわぁぁ!!』
男性に襲いかかる魔物に石が向かっていく
――――――
な、何だ?
これは何なんだ!?





