第494話 邪狼狗 3
<古野白楓季視点 (現在)>
「……去ってしまったわよ」
「ああ、またいなくなっちまったな」
有馬君が消えた後、しばらくはこの異空間に留まっていた吾妻達。
何やら深刻に話をしていると思ったら、こちらに目を向けることもなく消え去ってしまった。
「これで、わたしたちだけになるのは2度目ですね」
「……ええ」
「前回と違って、今回は長くなりそうだぜ。聞こえてきた話からすっと、24時間は放置されるかもな」
「24時間もですか?」
「ん? 武志は聞こえなかったのか?」
「僕は結界に集中していたので……」
「おう、そうだったな。あいつらの話だと、吾妻が回復するまで時間がかかるってよ」
「だから、24時間なんですね」
「そういうこった」
有馬君との戦闘で結構な内傷を負ったみたいね。
その有馬君も、今はここにいないんだけど……。
「しっかし、敵がいねえと、どうしようもねえなぁ」
「再戦に備えて、まずは休まなきゃいけないわ」
「そりゃ、そうだ」
吾妻たちは必ず戻って来る。
その時のために、準備をしないと。
「けどよぉ、飯もねえのに24時間だぜ」
「……」
「水もねえしよ。ちっ、15歳の頃の事件を思い出しちまうよな、古野白」
「……そうね」
5年経った今でも忘れることができない、あの邪狼狗との戦い。
こうして生き残っているのが不思議なくらいのものだった。
「あれに比べりゃ、ましか」
「……」
「わたし、500mlのペットボトルなら持ってます。1本だけですけど……」
「おっ! そうなのか?」
「はい。有事の際には水が必要だと、功己に何度も言われていたので」
「それでペットボトルを持っているのね」
助かるわ!
ここにいるのは武上君、幸奈さん、武志君に私の4人。
決して満足できる量ではないけれど、何もない状態と比べれば雲泥の差よ。
「少しですけど、チョコと飴も」
本当に!
「素晴らしいわ、幸奈さん」
チョコと飴に水。
それだけあれば、24時間を凌ぐことができる。
「いえ……」
「姉さん、いつの間にそんな物まで用意してたんだ?」
「いつも鞄に入れてるだけよ」
「兄さんに言われて?」
「それもあるけど、わたしも色々経験してるから」
「経験って、姉さんが? 異能に関わったのは最近なんだから、危険なんて経験してないはずだろ」
「……色々あるのよ」
「色々って何だよ?」
「それは……」
「何かあったのか?」
「……」
「武志、やめとけ。姉弟喧嘩なんかすんじぇねえ」
「喧嘩じゃないですよ。姉さんに聞いてただけだから……」
「喧嘩じゃなくてもだ。女に話を無理強いするってのはなぁ、野暮の極みだぜ」
「……」
「姉さんにも、色々あんだよ。武志も男なら、察してやれ!」
「……」
きつく言い過ぎよ、武上君。
武志君が黙ってしまったじゃない。
けど……。
たまには良いこと言うわね。
「ってことで、ゆっくり待つとしようぜ」
「あのぅ……わたしたちだけで脱出はできないんでしょうか?」
「そいつぁ、難しいなぁ」
「そうね。異能者が創造した異空間から脱出するのは容易なことじゃないわ。24時間では、とても……」
「でも、功己は? 功己は入ってきましたよね?」
「有馬君は……ちょっと特別だから」
「脱出より侵入の方が難しいんだぜ。だってのに、難なく入ってきやがって。何もんだ、あいつ!」
ホント、いつも想像を超えてくれるわ。
「って、待てよ。有馬がいたな」
「……そうね」
「吾妻たちの前に、あいつが戻ってくんじゃねえか」
「有馬君なら、戻ってきてすぐに脱出方法も見つけるかも……」
「おうよ! こりゃあ、24時間もかからねえぞ」
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『ォォォォ……』
身を刻み付ける凶器のような叫声が消えていく。
終わった?
咆哮が終了した。
「……」
面倒な獣声だったな。
っと、みんなは?
「っ!」
「何っ!」
「動けねえ!」
叫声を近距離で受けた3人。
地に膝をついたまま動けずにいる。
身体の自由を奪われたのか?
「くそっ!」
この状況……。
邪狼狗の咆哮には、敵を威圧し戦意を削ぐ力があるようだ。
おそらくは、異世界の魔物ホーンベアーの咆哮と同種の効力。
初見では、容易に対処できない厄介なスキル。
とはいえ、咆哮の効果は麻痺の類ではない。
上手く動けないという状態に陥るのみ。
実際、鷹郷さん、古野白さん共に手足も頭も動かせている。
武上少年にいたっては……。
「だぁぁ!!」
気合一閃。
立ち上がっているのだから。
「この野郎、ふざけた真似しやがって!」
『立ち上がる @$#?』
立ち上がった武上少年が、まだ膝をついたままのふたりを庇うように前に出て、邪狼狗を睨めつけている。
「さあ、続きを始めようぜ」
『愚かな!』
強気な態度を見せているものの、内実は強化した身体で無理やり動いているだけ。
まともに戦える段階ではないはず。
ただし、万全じゃないのは邪狼狗も同じ。
煤だらけになったその身には、古野白さんから受けた炎弾のダメージが濃く残っているだろう。
そう思っていたのに……。
『□$*+!』
まずい!
邪狼狗が武上少年に向かって飛び込んでくる!
速度も先刻以上だぞ。
「っ!」
攻撃を躱しきれない!
「ぐぁ!」
そのまま蹴り飛ばされて……。
「武上!」
腹部に受けた蹴りは尋常じゃない威力。
強化された身体でなければ、内臓に損傷を受けるレベルだ。
武上少年は?
「くっ! うぐっ……」
呼吸もままならない状態。
けど、あれなら……。
「武上君!」
いまだ立ち上がれない古野白さんが、這うようにして近づいていく。
「行くな、古野白」
「ぐっ……来んじゃねえ!」
「何言って……!?」
古野白さんの後ろを追うように、ゆっくりと歩み寄る邪狼狗。
『フフ、ここまで □%*、人の子よ』
「あっ!?」
邪狼狗が古野白さんの髪の毛を掴んで引っ張り上げた!
「「古野白!」」
「……」
もう我慢も限界だ。





