第491話 異形 3
「ギギギィ!」
僅かに首を振り周囲を確認した巨大蜘蛛が、鷹郷さんたちとの間合いを詰めてくる。
8つの単眼は赤黒く染まり、無機質から一転して怒りを滲ませているようにすら見える。
そんな巨大蜘蛛の前に立つのは鷹郷さん。
「やり直しだ! ウインド!」
鷹郷さんが異能を発動、不可視の烈風が蜘蛛に襲い掛かった!
「ギギ」
正面から風を受け、裂傷を負いながらも歩みを止めない巨大蜘蛛。
小さな傷など意にも介さないとばかり、標的に向かって接近してくる。
「ウインド!」
「ウインド!」
後退しながら異能を連発する鷹郷さん。
隣には、再度の落とし穴を狙っている土系の異能者。
ふたりの後ろでは、武上少年と植物系異能者が纏わりついた糸を外そうと手を動かし続けている。
さらに、その後方にいる古野白さんは次の炎弾に備え集中状態。
「ウインド!」
「ウインド!」
連続で烈風を身に受けても止まらない巨大蜘蛛。
大丈夫なのか?
「ああぁ、鬱陶しい糸だぜ!」
「武上君、半分取れたんだから、あと少しの辛抱だ」
「分かってますよ! っていうか、残りはオレひとりでやるんで、もう前に出てください」
「平気なのか?」
「もちろん。それより、鷹郷さんと一緒に!」
「……分かった」
土系異能者が前に出て、武上少年がひとり残された。
それなら。
「手伝おう」
「兄さん……助かるぜ?」
「さっさと取り外すぞ」
「ああ」
実際に手に取ってみると、手触りといい伸縮性といい、何とも奇妙なものがある。
とはいえ、手に軽く魔力を纏えば……。
「ギギギィ!」
「ウインド!」
蜘蛛の糸の処理をしている俺たちの前方では、依然として後退しながら攻撃を続ける鷹郷さん。
「ウインド!」
「ギギ!」
巨大蜘蛛との距離が徐々に縮まってきた。
「鷹郷さん、仕掛けましょうか?」
「……ああ、ウインドを受けて僅かでも隙ができたら頼む。ただし、今回はバインドが先だ」
「「了解」」
警戒している相手にいきなり落とし穴は難しい。
それなら、まずは複数の根茎で拘束という算段か。
「いくぞ! ウインド!」
もう何度目かも分からない疾風を発射!
「ギィ!」
巨大蜘蛛もいつものように正面から風を受け止める。
が、若干バランスを崩した。
ここだ!
「バインド!」
期待通りの異能が発動。
巨大蜘蛛の前後左右から根茎が絡みついていく。
「プリズン!!」
そこに土系の落とし穴。
轟音と共に大地が陥没し……。
蜘蛛は!?
「ギギィィィ!」
よし、捕らえた!
「成功です!」
「ああ、今度は倒しきるぞ! 古野白、いけるか?」
「はい、もう撃てます」
「武上は?」
「オレもいけます」
まさに今、糸の除去が終わったところ。
こっちの態勢は整っている。
「次こそ、あの野郎を倒してやりますよ!」
「では、私に続け! ウインド!」
これまで通り、初撃は鷹郷さんの烈風。
「ギギィ!」
風が収まったところに、古野白さんが。
「……炎弾!!」
前回より一回り大きな炎の弾が中空に登場!
高速で飛来するそれを、拘束された蜘蛛が回避できるわけもなく。
「ギャァァ!!」
2度目の炎弾をまともに喰らった!
「ウインド!」
そこに鷹郷さんがさらなる風を?
そうか!
炎の勢いを強めるために酸素を!
とはいえ、炎弾にウインドなんて、加減が相当難しいはずだが……。
「ウインド!」
巧い!
巨大蜘蛛を覆う炎の周りに吹き付けた風が、火に勢いを与え巻き上げていく。
「グギャァァ!!」
さすが、鷹郷さん。
素晴らしい匙加減だ!
「ウインド!」
「ギャアァァァ!!」
高威力炎弾と風で威力を増した獄炎を受け、悶え苦しむ巨大蜘蛛。
とはいえ、異能の炎は消火が早い。
炎で根茎の大半も焼き崩れてしまう。
「ギギギィィ……」
炎弾発動から僅か数秒。
巨大蜘蛛を捕らえていた業火が下火になっていく。
「武上!」
「了解! 最大最高、渾身の一撃だぁ!」
古野白さんの炎弾同様、さっきより身体強化のレベルが上がっている。
「おおぉぉぉ!」
まだ微かに炎が残る中、武上少年が凄まじい勢いで突っ込んで!
その勢いを落とすことなく、強大蜘蛛に一撃を!
「だあぁぁぁ!!」
ドッガーーン!!!
けれん味のない彼らしい真正直な拳撃。
右拳を巨大蜘蛛の正中に叩き込んだ!!
メリッ……。
メリ、メリッ!!
「アアァァァァァ」
バリーーーン!!!
ひびが入ったガラスが弾け飛ぶように、化け物蜘蛛の巨体が砕け散った!!
「どうだぁ!」
雄叫びを上げる武上少年の周囲に飛び散り、四散した蜘蛛の体。
それらが地面に落ち、そして……。
消失!
ひとつ残らず消え去ってしまった。
「……」
「……」
「……」
これは、あいつが超常の異形だったから?
だから、完全に消失したのか?
「やったぜぇ!!」
「鷹郷さん!」
「消えました!」
「あいつを倒したんですよ!」
「……よくやってくれた」
数秒前までの張りつめていた空気が消え、弛緩した空気が流れ込んでくる。
もちろん、皆の顔には安堵の色。
「……」
異形討伐は完了。
つまり、俺の出番はなかったと。
ホッとしたと同時に若干の心残りが軽く爪を立ててくる。
ほんと、こればかりは……。
そこに。
「楓季ちゃん、大志君、大丈夫?」
「功己さん!」
戦闘終了を確認した里村少年と幸奈が駆け寄ってきた。





