第490話 異形 2
「古野白、武上、合図したら訓練通りの攻撃を頼むぞ!」
「はい!」
「任せてくださいよ!」
俺の1歩前で、気迫に溢れた表情で攻撃に備える古野白さん。
横にいる武上は言葉とは裏腹に、今にも飛び出しそうな勢いだ。
10メートル前方では、鷹郷さんと部下らしきふたりの異能者が化け物と対峙している。
その化け物は、巨大な蜘蛛といった様相。
実際の蜘蛛と比べると所々おかしな点は見えるものの、全体としては蜘蛛と言ってよいだろう。
体長は2メートル程度だが、筋張った長い脚と体表に見える赤と黒の斑点が不気味さを助長している。
「ギギィ」
さらに、この耳障りな異音が肌をひりつかせるような不快感を与えてくる。
ただし、脅威といったものは感じない。
「有馬さん、動いちゃだめよ」
「……分かってる」
もちろん、俺もここで待機するつもりだ。
この後も彼らだけで対処できるなら、余計な手出しはしない方がいいだろう。
しかし、巨大蜘蛛の化け物か。
はは……。
こんな異形が現代日本に存在するなんてな。
2度目の遭遇でも、やはり戸惑いを覚えてしまう。
ただ、その姿は異世界の魔物そのもの。
見慣れた姿形だ。
とはいえ、異形とそれを退治する日本人という構図には慣れていない。
ほんと、不思議な眺めだよ。
ん?
鷹郷さんが動いたぞ。
「ウインド!」
「ウインド!」
操風の異能者である鷹郷さん。
連続の烈風で化け物に傷を与えていく。
「ウインド!」
操風の異能は速度と非視認性に利点はあるが、威力はそれほどじゃない。
巨大な化け物を倒すには足りない、か。
実際、今も化け物の体を削る程度の効果しか見えない。
「ウインド!」
「ウインド!」
そうは言っても、この連続攻撃だ。
蜘蛛の化け物も平気ではいられないだろう。
「ギィィ!」
予想通り、巨大蜘蛛は苛立ったような音を発しはじめた。
「ウインド!」
「ウインド!」
「ギギィィィ!」
悲鳴のような異音。
蜘蛛が戸惑っているぞ。
「よし、ここだ! 捕らえろ!」
鷹郷さんの異能が中断。
それと同時に出される捕縛の指示!
「はい……プリズン!」
部下である異能者が一歩踏み出し、異能を発動する。
すると、巨大蜘蛛の周りの地面が円状に陥没。
1メートルほどの深さの穴の中に蜘蛛を捕らえた!
「次だ!」
「バインド!」
もうひとりの異能者の異能は拘束系?
植物系!
地面や穴の中から伸びた植物の根が巨大蜘蛛に向かっていく。
「ギギ?」
蜘蛛の脚、それから胴体へ次々と絡みつく根茎。
あっという間に拘束が完了してしまった。
「ギギギィ!」
巨大蜘蛛は穴の中に囚われ、植物の根茎で縛られた状態。
完全に封じ込められている。
見事な連携だ!
「鷹郷さん、これ以上の深さは無理です」
「バインドの強度も高くはありません」
「ああ、分かっている」
住宅地の地面という環境では、異能にも限度があるってことか?
とはいえ、1メートルの穴の中、根茎で幾重にも絡めとっているんだ。
そう簡単に逃げることはできないだろ。
「古野白、武上!」
「はい!」
「了解!」
なるほど。
ここで攻撃系の能力者が登場すると。
「炎弾!」
「うおおぉぉ!!」
古野白さんが炎の弾を放ち、身体強化した武上少年が突撃。
「ギィィィ!」
炎が蜘蛛の身体に炸裂!
直後、武上少年の飛び蹴りも綺麗に決まった!
「グギャァァ!!」
素晴らしい連携攻撃。
土と植物の異能者に鷹郷さん、古野白さん、武上。
本当に見事なものだよ。
「古野白、2撃目は?」
「もう少し休憩がいるわ」
「そうか。なら、オレひとりで」
「油断しないでよ」
「分かってらぁ」
他の異能者が巨大蜘蛛から距離を取っている中、近接専門の武上少年だけが穴のすぐ近くに立っている。
当然、すぐにでも攻撃は可能。
ただし、蜘蛛はまだ健在。
古野白さんの言う通り、油断は禁物だぞ。
「ってことで、いくぜ、化け物!」
「ギギィ!」
「だああ!!」
2度目の蹴りが赤黒の体表に!
その寸前。
「シャアァァ!!」
蜘蛛の口から何かが吐き出された!
「うわぁ!」
蜘蛛が吐き出したのは極太の糸。
いや、紐と言ってもいい代物。
そんな蜘蛛の糸を、なんと口から発射したんだ!
「グギャァァ!!」
面前に飛び出してきた糸を避けることができなかった武上少年だが、蹴りは狙い過たず蜘蛛に直撃。
明らかに効いている!
ただ……。
武上少年も顔に糸を受けてしまった。
「武上君、大丈夫?」
古野白さんと鷹郷さんが、顔に蜘蛛の糸を張り付けられた武上少年を救出に。
「大丈夫だけどよ、前がよく見えねえ」
「そうか……。いったん、退くぞ」
「鷹郷さん……すみません」
「問題ない。ウインド!」
再度の糸攻撃を牽制しながら、武上少年を連れ後退して行く。
「こいつ、気持ちわりい」
「待って、すぐに取るから」
「いや、君は炎弾に集中してくれ」
「……分かりました」
状況が複雑になってきたな。
とはいえ、まだ蜘蛛は穴の中に囚われたまま。
根茎も無事。
こちらが有利なことに変わりはない。
「……」
俺の出る局面ではなさそうだ。
と思ったのだが!
「キシャアァァァァ!!!」
これまでにない大音量!
その叫声がやむと、そこには……。
「なっ!?」
「そんな?」
根茎を引きちぎり穴から脱出した巨大蜘蛛が、悠然と地を踏みしめ。
「ギギ!」
異能者たちを睥睨していた。





