第486話 訓練室
武上少年と少女の古野白さんに連れられ向かった先はビルの地下。
驚いたことに、そこには近代的な体育館を思わせる空間が広がっていた。
「功己さん?」
広さはテニスコート2面程度、天井はかなりの高さがある。
周りは特殊な壁面で囲まれており、奥には制御室のような部屋まで存在している。
「……」
訓練室なんて言葉で表現できる空間じゃないぞ。
訓練室というより、むしろ訓練場。
いや、闘技用の実験場と呼んでもいいかもしれない。
こんな空間が能力開発研究所の地下に存在していたなんて……。
「ここ、何なんです?」
何とも言えない圧力のようなものに、幸奈が戸惑っている。
15歳の子供なんだ。無理もない。
「訓練室というのだから異能の訓練をする場所、だな」
「訓練って……。平気なんですか?」
正直、この空間には驚かされたが大きな問題はない。
「大丈夫。上手くいけば、この後で専門家にも会えるはずだ」
目の前にいる少年はあの武上。
考えていることは、それなりに理解できる。
つまり、ここを上手く切り抜ければ、鷹郷さんに会える確率も高まるってことだろう。
「そうじゃなくて! 功己さんは剣道や空手の経験者だけど、異能者の相手をしたことないでしょ」
なるほど。
心配してくれているのか。
「だから……」
「それも問題ない」
問題なのは、どの程度力を出すかということ。
こんな状況ではあるものの、一応露見についても考慮すべきだからな。
「でも、異能ですよ。功己さんは、さっき異能を知ったばかりなのに!」
「何とかなるさ。幸奈は俺のこと信じているんだろ」
「それは……そうだけど……」
「本当に心配はいらない。そもそも、手合わせすると決まったわけじゃないしな」
「……」
こんな訓練室に連れて来られて、相手が武上で、今のこの雰囲気。
何が起こるかなんて、まあ決まっているようなものだが……。
「信じていいんですね?」
「ああ。何があっても信じてくれればいい」
「……分かりました。信じます」
それでいい。
っと、武上少年が笑顔で近づいてきたぞ。
「さってと、兄さん、あんた何者だ?」
「……異能について少し知ってるだけの一般人、かな」
「一般人が鷹郷さんの名前を知ってるっておかしいだろうよ」
「まあ、事情があるんでね」
「それを聞いてんだよ」
「……」
「話せねえって?」
「鷹郷さんに会えたら話すさ」
ただし、鷹郷さんに話す内容を今も悩んでいるところだけどな。
「ふん、いいぜ」
「いいのか?」
「ああ。問題ない」
「……」
「まっ、ここでオレに勝てばの話だけどよ」
そんな権限を持っているとは思えないが、それでも武上は一度頷いたら頼りになる男ではある。
「ってことで、やろうぜ!」
「……」
「ここまで来てんだ。何するか分かんだろ?」
もちろん、分かっている。
「やんのは異能戦だ!」
「……」
ほんと、武上は未来も今も変わってない。
分かりやすい奴だ。
「兄さんも異能を遠慮なく使ってくれ」
「……」
「オレに勝ったら鷹郷さんに会わせてやるからよ。その代わり、負けたら色々と話してもらうぜ」
異能は持ってないが、いいだろう。
こんな好機を逃がす手はない。
「いっくぞぉ!!」
さらに笑みを深めた武上少年が飛ぶように駆け。
「うりゃあ!」
そのまま右のストレートを真正面から俺の胸に打ち込んでくる。
15歳の少年とは思えない程の速度と威力。
とはいえ。
20歳の武上と比べたらまだまだ。
対処は難しいことじゃない。
「一発で終わりだぁ!」
直前まで拳を引きつけ、上半身の最小限の動きで躱してやる。
「っ!」
驚きの表情を浮かべる武上少年。
予想外の回避だったのか、完全に動きが止まっている状態。
右腕を伸ばしたままがら空きの脇腹が、そこに見える。
それなら。
「ほら」
脇腹を撫でるように手のひらで軽く押し出すと。
「!?」
瞬時に反応して、後退してしまった。
「……やるなぁ」
「君こそ」
「簡単に躱しといて、よく言うぜ」
「……」
「それに、今の一撃は完全に手加減してたよな」
それはまあ、15歳の少年相手なんだから。
当然だろ。
「けどよぉ、もう手加減なんてさせねえ。こっからは全力だ!」
「……」
まだ身体を強化できるのか。
「はぁぁぁ!!」
訓練室中に響き渡るような気合。
ここから少し離れた場所にいる2人の異能者がこっちを見て驚いているぞ。
「ああぁぁぁ!!」
「……」
ほう。
これは凄い。
20歳時の7割以上の出力があるんじゃないか。
ただ、時間がかかり過ぎだ。
それに隙も多い。
今攻撃を仕掛けられたら、ひとたまりもないだろう。
「……っ!」
やっと強化が終わったようだ。
「だあぁぁ!!」
準備を終えるやいなや、再度飛び込んでくる武上少年。
速度も威力も上がった攻撃は、やはり真正面からの正直な拳撃。
これも、武上らしい。
「喰らえ!!」
素晴らしい一撃。
とはいえ、レベルアップで地力上昇済みの俺なら魔力を纏う必要もない。
向かって来る武上少年の右拳に左の手のひらを当てることで軌道を逸らし、右手のひらを胸に押し当ててやる。
「ぐっ!」
本当に軽く手のひらを出しただけ。
掌底とも言えないような一撃だった。
それでも、武上少年は苦痛に顔を歪めている。
「うぅ……」
こちらに突っ込んできた推進力が上乗せられ、それなりの痛みを与えてしまったようだ。
「……」
15歳の君には申し訳ないことをしたな。
ただ……。
時間的に余裕のない現状では、これで良かったと考えるべきか。
「うぅ……」
「終わりということでいいかな?」
「っ! まだだ!」
地面に膝をつき、痛みをこらえているというのに戦意は衰えていない。
意気は称賛に値する。
それでも、その状態でやれるというのも……。
「まだやれる!」
苦痛の表情で立ち上がる武上少年。
そこに。
「ちょっと!!」
奥の部屋の扉が開き、古野白さんの声が。
「武上君、もうやめなさい!」
地下の訓練室に入ってすぐ奥の部屋に姿を消していた古野白さん。
部屋を出て、こちらに向かって来る。
ひとりの少年を伴って。
「……いいだろ」
「いいわけないでしょ。あなたの完敗よ」
「違う! 今のは油断しただけだ!」
「はあ~。ほんとは分かってるんでしょ」
「そうそう、楓季ちゃんの言う通りだよ。武上君の負けだって」
「……ちっ」
「その人、今の戦いで身体強化の異能を使ってなかったんだよ。それなのに、まだ本気じゃないし」
「なっ! 嘘だろ!?」
「……」
「異能を使ってたんだろ? 里村は嘘ついてんだよな? そうだろ、古野白!」
古野白さんと共に奥の部屋から現れたのは、異能とは無縁のはずの里村だった。
読者の皆様
申し訳ないのですが、予想以上に多忙が続いている状況です。
もうしばらく不定期投稿をお許しください。





