第49話 エンノア 5
この身体で妹に会うのは初めてだし、40歳当時の俺も妹には数年会っていない。
そのわりに、ぎこちなさはないが……。
これも幸奈のおかげかな。
ただ、こうしてグイグイ来られると、どう対応したらいいか分からない。
「あ、そっかぁ。久しぶりに見る大学生の妹に感激しちゃったんだ?」
「……」
「だから、無視できないんだぁ」
「……」
何言ってんだ、こいつ。
「もう~、そんな顔しないでよ。冗談だからさ。でも、母さんから電話で聞いた通り、ホントに変わったね」
なるほど、母さんと話していたのか。
「そうでもないぞ」
「ん~、まあ、いっか。良い方に変わったみたいだしね」
「……」
「じゃあ、わたし今からお風呂入るけど、夕食どうする?」
「適当にすます」
「え~、せっかく可愛い妹が帰ってきたのに、それは無いんじゃない」
まあ……そうだな。
とはいえ、エンノアのこともある。
どうするか?
今からオルドウに移動しても、エンノアに行くのは翌朝になる可能性が高い。
そう考えると、あちらで12時間、こちらの時間で24時間の余裕があることになる。
「お母さんも今日は遅いみたいだしさ、せっかくだからお兄ちゃんの手料理が食べたいな」
前世ではあまり香澄の相手をしてやることもなかったし。
今世でも香澄は関西、俺はエストラルにいることが多い。
時間に余裕のある今くらいは、相手をしてもいいか。
「……分かった。有り合わせになるけどな」
「やったぁ~、ありがと、お兄ちゃん」
「やめろ、抱き付くな」
「あっ、照れてる、照れてる」
「照れてないわ」
「いやいや、照れてまんがな」
なんだ、そのエセ関西弁は。
「支度するから、さっさと風呂入ってこい」
「は~い」
パタパタとスリッパの音を響かせながら浴室に走っていった。
しかし、19歳の香澄はこんな態度だったか。
うーん、はっきりとは覚えていないな。
ただひとつ確かなのは。
こいつ若いなぁ……。
**********
翌早朝。
オルドウに移動した俺は朝市で新鮮な野菜を購入。その足でエンノアに向かおうと思ったのだが、偶然薬屋の前を通りかかったところ早朝から開店していたので、良い魔法薬でもないかと探してみることに。
特効薬を期待して入店したものの、今回の病に効果がありそうなものは陳列されていなかったので店員に話を聞いたところ、そういう薬はないとのこと。
なので、薬購入を断念して予定通りエンノアに向かうことになった。
ちなみに、万能薬的なものは少量だけ販売されていたが、とてもじゃないが俺が手を出せる金額ではなかったな。
テポレン山ではミレンさんに教えてもらった道を進んだため、予定より早く到着。
そのまま地下への入り口の前で待っていると。
「コーキ殿、お待たせいたしました」
「いえ、こちらこそ早朝にすみません」
出迎えてくれたのはサキュルスさんとミレンさん。
ミレンさんは無事に戻れていたようだ。
よかった。
「とんでもございません。早朝に来ていただき感謝しております」
「では、さっそくですが、病の方々にこれを」
「これは、薬ですか?」
俺の手にはビタミン類。
「そのようなモノです」
「ありがとうございます、こんなに早く。昨日の今日だというのに」
「お礼は後にしてください、先に病人のもとに行きましょう、サキュルスさん、ミレンさん」
オルドウ最寄りの出入り口まで迎えに来てくれたサキュルスさんとミレンさんを急かすように病人のもとへ足早に進む。
「中へどうぞ」
「分かりました」
病人が集まった部屋に通され、さっそくビタミン剤などの摂取をしてもらうことにする。
「サキュルスさん、まずは症状の重い方にこちらを」
「はい、病の重い者は、彼女と彼と彼と……彼女です」
「では、皆さん、こちらを飲んでください」
液体のビタミンC、つまりビタミンCのドリンクを差し出す。
錠剤より吸収が早いはずだから、重症の方にはこっちを摂取してもらおう。
「えっ?」
「これは?」
「この容器は?」
「……?」
俺が差し出したドリンクの入ったビンに驚いているようだ。
ビンの造形は、こちらでは見かけないものだろうから当然か。
でも、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「さっ、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「はい」
「……」
先ず一人の女性が口に含む。
「気分はどうですか? 飲みづらくありませんか?」
少しためらった後、ゆっくりと嚥下した。
「……大丈夫です」
「では、飲み干してください」
「分かりました」
最初は不安そうにしていたが、一度口にしてからはしっかりと飲んでくれた。
「はい。あの、美味しかったです」
「それは良かった。では、少し手を貸してください」
「手、ですか?」
「はい」
「……」
無言で差し出された手を両手で包みこむ。
「あの、何を?」
「少し治癒魔法を使います」
「えっ?」
俺の治癒魔法にこんな病を治す効果はないし、世間一般でもそんな治癒魔法はないとされている、らしい。が、こういう使い方はできるはずだ。
「薬の浸透を助ける魔法です」
はっきりと断言する。
本当のところ、俺の治癒魔法には傷口を修復するだけの効果しかない。
はっきりと確認したわけじゃないが、病気の類を治す効果はないはずだ。
そうなのだが、魔法はイメージの力で効果や効能が増すということを、30年間の実験で俺は確信している。
だから、このビタミンCの液体を効果的に身体に浸透させるため、その助けになる魔法を今行使しているんだ。
ちなみに、昨夜自分の身体で何度も練習した。
健常なこの身体では効果を確認することはできなかったが、それでも、やらないよりはまし程度の効果はあると思っている。
「そのようなものが?」
「はい、では気を楽にしてください。すぐに済みますので」
「……はい」
3分ほど、じっくりと行使する。
自信に満ちた態度で行使する。
「……」
実は治癒魔法の効果とは別に、プラシーボ効果的なモノも狙っている。
いきなりやって来た余所者の若造が薬を渡しても、病に苦しんでいる方々にどこまで信用してもらえるか分からない。
信用、信頼と言うものは大切だ。
この薬と魔法を併用することで少しでも治療に希望を持ってもらえれば、信頼してもらえれば、それが症状の改善につながるのではと思っているんだ。
「終わりましたので、ゆっくり休んでください」
「少し楽になった気がします。ありがとうございました」
「良かったです。では、次の方もどうぞ」
そうして残りの3人も無事治療することができた。
味も好評だった。
魔法も多分……。
これで症状の重い4人は終了。
あとは様子を見てからだな。
次は中症と軽症の方を……。
ん?
重症の人数、1人少なくないか。
「サキュルスさん、症状の重い方は5人ではありませんでしたか」
「それは……」
言いよどむサキュルスさん、その声にかぶせるように。
「コーキ殿、この度はありがとうございました」
感謝の言葉。
その声に振り向くと、いつの間にかゼミアさんが部屋の中に入って来ていた。
「ゼミア様」
「ゼミアさん、感謝の言葉はまだ早いです」
「いえ、魔法まで使っていただいて、先ずは感謝を述べませんと」
「はあ……分かりました。それで、サキュルスさん、あとひと方は」
「……」
「サキュルス、わしが言おう」
「はい」
「コーキ殿、重症の1名は数時間前に鬼籍に入りました」





