第484話 可能性
「東京に? 今から行くんですか?」
「そのつもりだ」
「異能の専門家がいるんですよね?」
「ああ」
この時代の能力開発研究所で鷹郷さんが働いているとは限らないが、その場合でも異能の専門家には会えると思う。
「……」
できることなら、誰にも頼らず幸奈を助けたい。
俺ひとりの力で。
けど、事はそう簡単じゃないんだ。
社会的に力を持ち異能界とのつながりも強い和見家。
20歳の俺が今すぐどうこうできる相手ではない。
それに、俺はこの時間世界の異分子。
15歳の幸奈の傍にずっと留まれるわけじゃない。
その上……。
あちらの世界の問題もまったく解決できていない。
古野白さん、武上、武志、そして20歳の幸奈が今もあの位相空間に囚われているはず。
吾妻たちの手が迫っているはず。
急いで戻らなきゃいけないんだ!
「専門家がいる東京……」
「……」
この状況下で一刻も早く問題を解決するには、頼れるものは頼るべき。
5年前の世界で俺が頼れる存在は……。
鷹郷さんと研究所しかない。
「分かりました。わたし東京に行きます! でも、その前にシャワーを浴びてもいいですか?」
「シャワーを?」
「……ちょっと気持ち悪いから」
「……」
そうか。
幸奈は浴槽を出て身体を拭いただけの状態で会話を続けてたんだな。
「悪い。気が回らなかった」
「いいですよぉ、気にしないでください」
「……」
「では、シャワーいただきますね」
そう言って笑顔で浴室に入っていく幸奈。
俺の知っている15歳の屈託ない後ろ姿そのものだ。
ただ、事情を知った上で眺めると……。
隠しきれない儚さを感じてしまう。
俺の知らない15歳の幸奈がそこに。
確かにそこに存在する。
そう思わずにはいられない。
……。
……。
いや、いや、違う。
今は思い悩んでいる場合じゃないぞ。
現状は問題だらけなんだ!
ここは頭を整理して、急いで先に進む必要がある。
幸奈についての感慨は後でゆっくりとだ。
「まず……」
問題になるのは時間。
当然のことながら、俺は5年後の世界に戻らなければならない。
戻って吾妻や空間異能者を何とかしないと、4人は位相空間に閉じ込められたまま。あるいは、さらに悪い事態に陥る可能性も考えられるのだから。
制限時間は、負傷した吾妻が回復に要するであろう24時間。
24時間後までに、5年後の位相空間に戻る必要がある。
ただ、今のところ、帰る算段は付いていない。
分かっているのは、和見家の地下室とあの位相空間に何らかのつながりがあるということだけ。
それ以外は何も……。
……。
この世界と5年後の位相空間の関係?
場所的には和見家の地下室を介しているのだから、まだ納得もできる。
けど、時間が理解できない。
なぜ5年前の世界なんだ?
偶然か、必然か?
まったく見当もつかない。
そもそも、ここは俺の過去なんだろうか?
空間を扱う異能者が、対象を過去に飛ばしただけだと?
「……」
純然たる過去の世界。
それとも、空間的にずれている位相世界。
少なくとも、この2つの可能性は存在しているはず。
俺が過去に飛ばされただけと仮定するなら、24時間という時間制限は無視できる。単に、あの時間に戻りさえすれば良いのだから。ただし、タイムパラドックスが大きな問題となってくるだろう。
対して、ここが位相世界で5年後のあの空間と時間的場所的に密接特殊な関係にあるのだとしたら。2つの世界の時間が同じように流れているのなら……。
俺に残された時間は、やはり24時間ということになる。ただし、タイムパラドックスは気にする必要がない。過去改変など意識せず自由に動くことができるだろう。
「……」
もちろん、どちらが正しいかなんて分かるわけがない。
この2つ以外の可能性だって考えられる。
結局のところ現状は、24時間という制限とタイムパラドックスをともに考慮して行動するしかないってことだ。
鑑定やステータスで何か分かればいいのだが……。
この世界の事物を鑑定で調べても、手掛かりになるような解説を得ることはできなかった。
ステータスには、まあ……。
<クエスト>
1、人助け 済
2、人助け 済
3、&%#●¥□
4、*#“&△$
5、$#&%●〇
□#*&$#△$
&*〇%#¥:@
*@☆&%#**
<ギフト>
*‘?&%$ #¥&%●* □$#¥ △@& &%“*△ #*@¥●
@*¥△$#〇&
こんな風にクエスト欄とギフト欄に文字化けが見られるが、特に問題は感じない。
おそらくは、空間転移によるバグみたいなもの、か。
つまり、何も分からないってことだな。
「……」
24時間という制限。
まずは、能力開発研究所を訪れることから始めよう。
この世界の鷹郷さんは俺のことを知らない。
訪ねても会ってくれるとは限らない。
会っても信用してくれるとは限らない、手を貸してくれるとも限らない。
それでも、今はこの細い線を頼るしかないんだ。
*********************
<壬生伊織視点>
「っ!?」
転送成功、そう思った瞬間。
目を突き刺すような白光が、有馬さんの消えた空間を中心に弾けた!
「な、何が??」
「……」
「……」
光が消失した後も呆然と立ち尽くしている。
空間異能者にとっても予想外の光……。
「……転送は成功したのかな?」
「それはまあ、転送はできたんですけど」
「……」
「よく分からないんですよ。こんなことは初めてで……」
何が分からない?
今の光?
それとも……。
「何処かに行っちゃいました」
何だと!
「……転送先の空間は?」
「だから、よく分からないんですよね」
「探知できないのか!!」
「えっ、えっ!? そんな怖い顔して、伊織君どうしたんです?」
「できないのか!?」
「……ええ、難しいです」
「ちっ!」
こいつ、なんてことを!!





