第482話 暴走?
「15歳!?」
ここにいる幸奈が15歳だって!!
そんな!!
あり得ない。
信じられない。
けど確かに……。
俺の後ろにいる幸奈は、ついさっき目にした幸奈は、20歳には見えなかった。
この状況だから、しっかりと見たわけじゃない。
それでも、若干幼い容姿にロングの髪形。
記憶の中の15歳の幸奈と一致している……。
「どうして年齢を聞いたの?」
「……」
何て答えればいい?
言葉がまったく浮かんでこない。
「いいけど……」
「……」
「でも、功己はどうやって地下室に? ここは秘密の部屋なのよ。お父様が入室を許可するわけないし、鍵だってかかっているはずなのに……」
そうだよな。
戸惑ってしまうよな。
いきなり俺が現れたんだから。
しかも入り口からでなく、何もない空間から突然。
「どういうこと……」
「……」
俺にも分からない。
全く理解できない。
分かっているのは、あの位相空間から転送されたという事実だけ。
だから、ここは別の位相。
古野白さんや20歳の幸奈がいる空間とは異なる空間。
それなのに!
異なる空間であるはずのここに、なぜ幸奈がいる?
しかも、15歳の幸奈が?
「……」
ここは、数分前に俺がいた和見家の地下室じゃないのか?
いったい何が起きて?
それに……。
この地下室からは、皆のいる位相空間も知覚できない。
魔力を眼に集め、意識を集中しても、あの空間を視ることができない!
さっきは見えていた位相空間。
異なる位相に転送されただけなら見えるはずの空間が……視えない。
「……」
皆のいる空間を知覚できない以上、さっき使った空間移動の利用も当然不可能だ。
つまり、今の俺には皆のもとに戻る手段がない!
そういうことになる。
一刻も早く戻って敵と対峙すべきなのに!
いや……猶予はあるのか?
吾妻は、丸1日は動けない状態に陥っていた。
壬生少年も手を出すつもりはないようだった。
空間異能者には武志の結界を破壊する力はないだろうし、そもそも戦闘面で古野白さんと武上に敵うとは思えない。
それなら、1日の時間が!
24時間以内に戻れれば、最悪の事態は回避できる。
余裕がある!
24時間の猶予があるなら何とか!
それに、セレス様を救ったことで手に入れた時間遡行という奥の手も存在する。
ただ、時間遡行では異なる世界間を渡れない可能性も。
となると、やはりここは……。
「ねえ、功己はどうやってここに入ってきたの?」
「それは……」
まずは、現状をしっかりと把握したい。
相変わらず訳は分からないけれど、ここは間違いなく和見家の地下室。
15歳の幸奈……。
……。
……。
簡単に信じられることじゃないが、この現実を!
「幸奈……今年は何年だ?」
「……199□年よ」
「!?」
やっぱり。
やっぱり、過去に飛ばされたんだ!
「ホントどうしたの、功己?」
あの空間異能者に時間遡及の力はない。
本来なら、過去に転送されることなど起こるはずのない事態。
ただ、俺には過去に戻った経験がある。
リセットや時間遡行を何度も使ってきた。
そんな俺だから……。
空間転送が異常に作用して暴走を?
「……」
もちろん真相は不明だ。
とはいえ、この推論が大きく的を外れているとも思えない。
ここは5年前の世界。
あるいは、5年前の位相世界。
だとすると……。
「痛っ!」
思考を消し去るような幸奈の声に、思わず振り返ってしまう。
「幸奈! 具合が悪いのか?」
真っ青じゃないか!
「……大丈夫」
「そんなわけないだろ。そこから出て休んだ方が……なっ!?」
浴槽に近づいて初めて気付いた。
なんておぞましい液体なんだ!
こんな液体に、なぜ幸奈が?
どういった理由が?
「慣れて、るから」
この浴槽に浸かることに慣れているだって!
駄目だ、看過できることじゃない。
「とりあえず出て話そう」
「でも、お父様が……」
あの父親の仕業なんだな。
それなら、なおのこと。
「出るぞ、ほら」
幸奈の腕を掴み、浴槽から引き上げ……。
「えっ!? きゃああ!!」
下着!
幸奈は下着?
「功己、見ないで!!」
「……わるい」
何考えてんだ、俺は!
確認もせず、浴槽から女性を引き上げるなんて。
「……着替えるから、ちょっと待ってて」
「あっ、ああ」
幸奈が着替えた後。
和見家の者に見つかることなく地下室から幸奈を連れ出せたのは幸運だったが、そのまま和見家に留まるわけにはいかないし、かといって20歳の俺が幸奈を実家に連れて行くわけにもいかない。
ということで、駅前のビジネスホテルの一室で話をすることに。
ただ……。
「わたし、わたし……ずっと……」
「お父様から……」
「誰にも言えなくて……」
「ひとりで、ずっと……」
幸奈から聞いた話は、とんでもないものだった。
「嫌、だったけど……」
「ああ」
「……怖かったけど、気持ち悪かったけど」
「……」
「でも、お父様が異能を望むから……」
「わたし……」
そんな驚くべき事実を耳にしても、俺は。
「幸奈……、頑張ったな」
「……うん」
「よく頑張った」
陳腐な言葉しか出てこない。
ほんとに俺は……。
「功己……」
「……」
「うっ、うっ、うぅぅ……」
「ここまで、よくひとりで……もう大丈夫だから」
「うっ、うっ……うん……」
「……」
今俺の目の前で俯き静かに瞳を濡らしている15歳の幸奈。
一滴の涙をこぼした後は、もうとめどもなかった。





