第481話 どうして??
<シャリエルン視点>
「そいつぁ、良くない知らせだなぁ」
「ああ」
隣国キュベリッツに玉璽が存在すると知られてしまった。
その上、所持しているのがエリシティア様だということも露見してしまった。
これが良い知らせなわけがない。
「でも、いずれはバレることよね?」
ミュレルの言う通り。
ただ、問題は。
「おめえ、分かんねえのか。早すぎるのが問題なんだろうが」
そう。
露見までの時間が短すぎる。
これでは、エリシティア様が準備を整える時間が取れない。
相手は狡猾なアイスタージウス。
あいつが悠長に構えているわけないのに。
「そ、それくらい分かってるわよ」
「いーや、その顔は分かってないなぁ」
「えっ! えっ?」
「おい、顔を触っても何もねえぞ!」
「……」
「っとに、ミュレルはよぉ」
「うっさいわねぇ、顔が痒かっただけでしょ」
「よく言うぜ」
「……」
「……」
この緊急時に、平時とほとんど変わらないふたり。
いつも思うことだが、緊張感というものを持っているのだろうか?
まっ、それがミュレルとディーの良いところ、だな。
「で、あれかい、団長?」
「……頼めるか?」
「当然! 白都に連絡なんて、今すぐにでもってなもんだ」
「宮より先に動いてくれよ」
「はっ。簒奪王なんぞに負けるわけねえなぁ」
エリシティア様への連絡については、ディーベルクに任せておけば問題はないだろう。
「リーダー、あたしらは、どうすんです? このまま黒都に残るんですか?」
「……黒晶宮の動向を見てから決めるつもりだ」
「今日、明日動くってことはないんですね」
「ああ」
少なくとも数日は留まることになる。
場合によっては、このまま黒都に残ることも。
「ってことはさ、ディー?」
「何だ?」
「イリアルさんには早めに借りを返した方がいいんじゃない」
「……確かに」
イリアル?
「下で一緒に飲んでいた男だな?」
「そうですよ」
「……」
イリアルという男。
力を隠しているようだったが、まず間違いなく並の者じゃない。
相当な腕を持っているはず。
この緊急時にそんな男が、ふたりと一緒に?
どうにも、妙な胸騒ぎを感じる……。
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<エリシティア視点>
「「「「「エリシティア様!」」」」」
「「「「「エリシティア様?」」」」」
白亜宮から帰宅した私を待ち受けていたのは臣たちの不安に溢れた目。
ヴァルターとウィルも心配そうにこちらを眺めている。
「……」
彼らと対象的なのがギリオン。
その目は一点の曇りもなく輝いたまま。
ふふ。
相変わらず面白い。
ほんとに興味を引いてくれる奴だ。
ただし、話すのは後。
今は。
「ウォーライル、ヒュッセ、ついて来い」
「「はっ」」
皆を退け向かった執務室には、私と腹心のウォーライル、侍従のヒュッセのみ。
まず、このふたりに話をしておく必要がある。
「エリシティア様、謁見はいかがでしたか?」
「うむ、陛下からは労いの言葉だけであった。あとは、ずっとオズヴァルト殿下と話していたな」
「なるほど……」
「して、殿下の話は?」
「……そなたらの考えている通りだ」
兄アイスタージウスがキュベリッツに圧力をかけてきたという予想通りの内容。
まあ、陛下ではなく殿下が非公式の場で話されたというのが意外ではあったが。
「玉璽とエリシティア様を求めてきたのでしょうか?」
「ふふ、玉璽だけで良いらしいぞ」
「エリシティア様の御身については?」
「現時点では、話に出ておらぬ」
「……今の狙いは玉璽のみということで?」
「うむ。私のことなど気にもしていない。そう言いたいのであろう。特にキュベリッツ相手にはな」
それをもって、己が王たるレザンジュ王国は盤石だと対外的に示す。
アイスタージウスの考えそうなことだ。
とはいえ、本心は真逆だろうし、いずれ行動にも出るはずだがな。
「実にあの男らしい」
「……」
「……」
「王太子殿下からは、決断を迫られたよ」
「決断を?」
「うむ。玉璽を渡して退くか、それとも……先に進むか!」
「……お答えになったのですか、エリシティア様?」
「今日のところは返事を保留しておいた。ただ、口にせずとも殿下は理解しておろう」
「……」
私に退路など無いということをな。
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「功己! どうして?」
「幸奈……」
和見家の地下室。
ほんの数分前まで、俺がひとり位相空間への移動を模索していた部屋。
コンクリート打ちっぱなしの壁に、テーブルとソファーと浴槽。
他には何もない異質の空間。
「功己……」
浴槽の中に横たわる幸奈は、驚きの目で俺を見つめたまま。
俺も幸奈から目を離すことができない!
「……」
「……」
空間異能者の手によって、あの位相空間から飛ばされたことに違いはないんだ。
その先が地下室だというのもおかしくはない。
むしろ、納得できる転移先。
ただ……。
なぜ、幸奈がここにいる?
あっちの空間で、武志の結界に守られているはずなのに?
まさか、同時に飛ばされたのか?
浴槽の中の幸奈は転移直後には見えないが……。
いや、違う。
それはない。
あの異能者は手を触れずに対象を転移させることはできないのだから。
それに、ここにいる幸奈は明らかにさっきまでの幸奈とは異なっている。
「……」
気味の悪い液体に体を沈めている幸奈の首から上。
髪形が違うんだ!!
さっきまでは肩の上までしかなかった髪がロングになって……。
いきなり髪が伸びるなんてあり得ない!
それなら、これは?
いったい、どういうことなんだ??
「功己、こっち見ないで! あっち向いてて」
「あっ、ああ、悪い」
わけは分からないが、幸奈が浴槽に浸かっているのは事実。
そんな姿をまじまじと見ちゃいけないよな。
「……ねえ、どうして?」
「……」
背中から聞こえる幸奈の声。
俺同様、幸奈も混乱が収まっていない。
「どうして、こんな? 地下室に功己が……」
まだ、まともに会話できる状態じゃないだろう。
けど、ひとつだけ教えてほしい。
「幸奈は今何歳なんだ?」
「っ! 何言ってるの?」
「いいから教えてくれ。何歳なんだ?」
「……15歳よ」





