第480話 玉璽
ウィルとヴァルターが黒都で活動している際、手を貸してもらった冒険者パーティー憂鬱な薔薇のリーダー視点となります。
<憂鬱な薔薇リーダー シャリエルン視点>
カーンゴルム。
レザンジュ王国の黒き首都。
王国本土の北方に位置するこの城塞都市は、圧倒的な存在感を放つ黒晶宮を中心に緻密に設計された王国技術の結晶ともいえる都である。
雪白の貴婦人として名高い隣国キュベリッツ王国の白都キュベルリアと並び、宵闇の巨人とも称される黒都カーンゴルムは、エストラル大陸中の人民が一度は訪れたいと口にする観光都市でもある。
「……」
市井の民も為政者も異国人も、全てがそれと知る富と力の象徴。
宵闇の巨人カーンゴルム、か……。
「ふっ」
どこが巨人なんだか……。
王家のこの醜態。
巨人どころか、ただの小人だろ。
黒都も堕ちたもんだよ。
まったく……。
……。
そんなことを考えながら私が歩を進めているのは都の中央を貫く大通り。
ここもまた、黒都の目抜き通りとして知られる名所だ。
「……」
漆黒の石畳が行き交う者の目を奪う豪壮な都大路といっても、造り自体は一般的な道路と何ら変わりはない。
道の真ん中を馬車や馬が通り、脇を人が歩く。
ある程度の規模を誇る都市では、よく見られる一般的な造り。
ただし細部に目を向ければ、そこらの道とはかなり異なる趣に気が付くだろう。
転倒を防ぐためしっかりと舗装された石畳、安全確保のため所々に設置された防護柵、道路脇に並べられた魔道製の街路灯など。昼夜問わず快適な通行を可能にする様々な工夫が施されている。
さすがは、黒都第一の道路。
そこに疑問の余地はない、か。
「……」
そんな中央大通りも、今は平時の賑わいからは程遠い。
四方の城門が固く閉ざされ、外から訪れる者もいなくなった現状では仕方のないこととはいえ……。
街を歩くのは僅かな者のみ。
しかも、その多くが兵士ときている。
寂しい限りだな。
その上、重苦しい。
「……」
そもそも、私は黒都という街は好きじゃない。
宮も大路も建ち並ぶ建造物も、全てが黒に統一されたこの街を歩いていると息苦しさしか感じないのだから。
ここ数日は特にそう。
異様に空気が張りつめている。
弑逆からの簒奪が行われた混乱の最中では無理もないことだが、やはり、歩いていて気持ちの良いものではないな。
比喩ではなく、本当に息が詰まりそうになってしまう。
「ふぅ……」
カーンゴルムを訪れる者たちが口々に褒めそやす漆黒の石畳。
整然と並べられたその上を足早に進みながら、ようやく到着したのは。
『白薔薇亭』
黒一色のカーンゴルムの大通りに、せめて一輪の白薔薇を!
そんな思いで命名された酒場兼宿屋の外見はかなり年季が入っているものの、建物内は存外しっかりしたもので、清潔さも保たれている。そして、何より食事が絶品。
この白薔薇亭が、現時点での拠点。
憂鬱な薔薇の常宿だ。
「……」
白薔薇の名に反して深い黒で染められた門扉と仄暗いガラスで作られた正面入り口。
ガラスに映るのは、金髪、碧眼、そして染みひとつない白い肌を持つ長身の女性。
相変わらず冒険者には見えないな。
自身でさえそう感じるのだ。
この装備を身に付けていなければ、私が冒険者だと気づく者はほとんど存在しないだろう。
それはそれで悪いことじゃないが……。
実際は、腰に佩いた2振りの剣と真っ白な衣装が存在を主張してしまう。
ともに冒険者パーティー憂鬱な薔薇のリーダーである私の代名詞なのだから。
「……ふむ」
ガラスの前で作り上げた己の表情に薄っすらと笑みを乗せ。
白薔薇亭の扉に手をかける。
「待たせ……」
「だからさあ、あたしに言ってもしょうがないでしょ」
「んなの、分かってらぁ!」
「分かってんなら、黙ってなさい! そう思うでしょ、イリアルさんも」
「はは……まあ、そうだな」
白薔薇亭の一階、酒と食事を提供している大部屋の真ん中で声を荒げる1組の男女と1人の男性。
1人は白みを帯びた金髪を適当に切り揃えた頭に、新緑の酔眼、そして僅かに伸びた耳を持つ妙齢の女性。
憂鬱な薔薇のメンバーのひとり、クォーターエルフのミュレルだ。
彼女の持つ人より長い耳、胸にも尻にも女性特有のものがまるで見えない細身の体は、種族の特徴そのもの。
4分の1とはいえ、エルフの血が入ったミュレルはその特徴を身体に色濃く残している。
「ミュレル、てめえ!!」
後ろから見てもはっきりと認識可能なミュレルに対しているのは、20代後半の男。
腕周りや胸周りに程良い筋肉を蓄えた短髪中背の男性は、これまた薔薇の一員であるディーベルク。
「何よ!」
「大人しく聞いてりゃ、調子に乗りやがって!」
「よく言うわ。大人しく聞いてないじゃない!」
「ふたりとも、それくらいにした方がいいぞ」
もう1人の男性は初見だ。
おそらく、ミュレルとディーが酒場で知り合った男だろう。
「でも!」
「ミュレルが悪いんですよ、イリアルさん」
しかし、こいつら……。
明らかに酔っている。
まだ8刻(16時)だというのに。
「……」
夕食には早い時間とあって酒場の中は空いているが、他に客がいないわけじゃない。
ひとまずは部屋に連れていって、そこからだな。
「ミュレル、ディー!」
「……えっ?」
「……団長?」
背後から声を掛けた私に固まるふたり。
「部屋に行くぞ」
「「……」」
大人しく部屋についてくる分別は残っていたようだ。
「ごめん、リーダー。少し飲み過ぎちゃったみたい」
「団長、俺も……スマン」
部屋に入るなり頭を下げてくるミュレルとディーベルク。
「ふむ。状況が状況だけに理解できなくもないが……」
「「……」」
ふたりとも分かっているようだし、今さら注意することでもない、か。
「それより今は重要な話がある」
「何か掴んだんですか?」
「団長?」
「……ミュレル、ディーベルク、聞ける状態か?」
「あたしは大丈夫ですよ」
「俺も問題ない」
「……」
大丈夫そうだな。
ならば、話しておこう。
「玉璽の件だ」
「「……」」
「ヴァルターとウィルがエリシティア様に玉璽を届けたこと、あの簒奪者に知られてしまった」
魔眼のイリアルも久々の登場です。





