第479話 一撃!
吾妻の繰り出す正拳。
確かに、威力が増している。
速度も2割程度は上がっているだろう。
「なっ!?」
ただし、俺にとっては避けるのもいなすのも、そう難しいことじゃない。
「っ!」
正拳を躱され驚きの表情を浮かべる吾妻。
それでも、止まることなく連続攻撃を仕掛けてくる。
「……」
ひとつひとつに充分な殺傷力が込められた拳撃と蹴り。
空気を斬り裂くような激しい攻撃が左右から飛んでくる。
ザシュッ!!
一般人がこいつをもらったら、一発で終わり。
そんな連撃を次々と回避して……。
30秒ほど経過しただろうか。
「くっ!」
息が続かなくなった吾妻が間合いから離れ、距離を取った。
「はあ、はあ……。なぜっ!」
「……」
吾妻の拳と蹴りは、正真正銘の一級品。
こちらの世界で見た誰よりも早く、破壊力のある打撃だよ。
けど、まだまだだ。
「なぜ一撃も……」
あっちの世界は、こんなもんじゃない。
幻影のヴァルターさんも剣姫も、お前より数段上だった。
魔落の魔物たちもエビルズピークの兇神も、恐ろしい怪物だった。
「……」
そんな攻撃じゃあ、俺には届かない。
「分かっちゃいたけどよぉ。凄まじいな……」
「ほんと、吾妻の攻撃を軽くあしらうなんて、信じがたいわ」
「あれ、廃墟ビルでの動きより上だぜ」
「……」
「ふたりとも、ここからですよ。功己の力はこんなものじゃないですから」
「……そうかもしれないわね」
「つうか、こんなに差があるなら、早く倒せばいいんじゃねえのか。いくら有馬が凄くても、五感を奪われたらヤバいだろ」
「詠唱時に倒せって、武上君が言ったからでしょ」
「古野白も言ってたじゃねえか」
「言ってないわ。慎重に戦うように助言しただけよ」
「……」
「……」
「功己は敵の様子を見ているんだと思います。なので、そろそろ……」
「幸奈さん……。あなたよく知ってるわね。有馬君の戦う姿なんて、そんなに見てないはずなのに?」
「えっ! それは……」
「こんなやつが研究所に? 聞いてない、聞いてないぞ!」
「……」
「……何者だ、お前?」
その台詞、何度聞いたことか。
もちろん、答えるつもりなどさらさらない。
「ちっ!」
吾妻のこの様子。
五感消去の詠唱を待つつもりだったが……。
「拳はやめだ!」
「……」
待つ必要もないな。
こいつには、さっさと眠ってもらおう。
で、臭い位相空間から皆を連れて脱出だ。
「……The force is sense」
ん?
吾妻に向け一歩を踏み出そうとした俺の耳に聞こえてきたのは、英語?
「The sense dominates Life……」
英語で詠唱!
なんて恥ずかしいやつ!
いや、吾妻は日本人じゃないのか?
それなら、英語でも……。
「The sennse presides over Death……」
生を支配し、死を司る。
って、どうでもいいな。
もう終わらすとしよう!
身体強化した足で地を蹴り、跳躍するように駆ける。
それを見て後退する吾妻。
詠唱しながらにしては悪くない動きだよ。
けどまあ、無理ってもんだ。
「!?」
逃げようとする吾妻の懐に入り一撃。
掌底を胸に叩き込む。
「ぐっ!」
苦悶の表情を浮かべる吾妻。
空を掴むように前に伸ばした両手が力を失い……。
目から色が消え……。
ドサッ!
位相の地に沈み落ちた。
「……」
少し浅かったが、問題はなかったようだな。
「功己!」
「兄さん!」
「あいつ、やりやがったぜ!」
「やったわね!」
「ああ、一撃だ」
「……」
「しっかし、どうなってんだ! 有馬はバケモンかよ」
「……おかげで助かったんじゃない」
「……まあな」
「幸奈さんの見立て通りってことでしょ」
「……」
「……」
「伊織君、どうしましょう! 吾妻さんがやられましたよ!」
「だ、か、ら、ぼくは手を出さないって」
「そんなぁ! 吾妻さん、しばらくは戦えそうもないのに……」
「火傷に蹴りに、今の掌底だもんね。1日は休まないと厳しいかも」
「でしょ。なので、ねっ、伊織君!」
「……観戦以外は何もしない。これ、約束だしさ」
「そんなこと言わずに、お願いしますよぉ」
「はぁ~。ぼく以外にも動ける異能者はいるでしょ」
「……」
やはり、壬生少年は動かない。
なら、話は早い。
ここから脱出するだけだ。
まずは、あの空間異能者を捕まえて……っと、そっちから近づいて来たな。
「あのぅ……見逃してくれないでしょうか?」
おいおい、何を……。
「……」
「吾妻にはよく言い聞かせますし、もう手も出しませんから。ですから、ねっ! 今回だけ見逃してくれませんか?」
見逃せるわけないだろ。
それに、その判断を下すのも俺じゃない。
「……とりあえず、ここを出てからだ」
「……ですよねぇ」
わざとらしい笑みを浮かべる空間異能者。
その表情には敵意も害意も映っていない。
ただ、胡散臭さはこの上ないものがある。
「……」
しかし、こいつの顔……どこかで見たような……。
「では、まず」
右手を俺の前に?
「……どういうつもりだ?」
「えっ、和解の握手ですよ」
「……」
空間異能者の手など、むやみに取るものじゃない。
分かっててやってるのか?
「やだなぁ、何もしませんって」
「……」
あやしい。
屈託のない笑顔が、かえってその思いを刻んでくる。
と!?
足が?
掴まれた!
「っ!」
吾妻だ!
もう意識が!
「やれぇ!」
「りょーかい!」
足に気を取られた僅かな隙に、俺の腕に空間異能者の手が伸びて……。
「移相!」
「!?」
刹那に暗転する世界!
浮遊する身体!
やられた!!
……。
……。
……。
さっき位相空間に移動した時とは違う感覚。
その感覚が消えると……。
「ここは……?」
地下室?
数分前までいた和見家の地下室?
そこに戻されたと……?
けど、どうしてだ?
あの位相空間を見ることができない。
俺の目に4人の姿が入ってこない。
代わりに俺の目に入ってきたのは……!?
「功己!?」
「……幸奈?」
地下室の浴槽の中。
醜悪な液体に満たされたその中に横たわる幸奈の姿。
そんなあり得ない光景だった。
第9章 完
第9章完結です。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
さて、この後の新章。
本業多忙のため、1週間程度更新が不定期になりそうです。
申し訳ありませんが、ご理解いただければと……。
もちろん、可能な限り更新はするつもりです。
ということで、今後もよろしくお願いいたします!





