第477話 侵入
<壬生伊織視点>
咆哮を上げ、ようやく動きを取り戻した吾妻。
「……伊織、やってくれたな」
珍しく憤慨の表情で睨みつけてくる。
「えっ? ぼくは何もしてませんよ」
「動きを止めるなんていう芸当、お前以外に誰ができるというんだ?」
「吾妻さんも、できるじゃないですか」
「ふざけるな!」
「……」
西洋人を思わせる彫りの深い面貌を持っていながら、いつも無表情。
滅多なことでは変化を見せないその端正な顔が、歪んでいる。
ふふ。
悪くないな。
「ふざけるなよ、伊織!」
「……ふざけてませんって。ぼくも驚いているんですからね」
これは本当。
正直、かなり驚いている。
有馬さんの幼馴染が、魂系の異能を使えるなんて!
少しばかり想像を超えてしまったよ。
しかし、有馬さんもひとが悪い。
こんな重要なことを隠していたなんてね。
ふっ……。
有馬さんに、和見姉に和見弟か。
面白い。
面白いですよ、有馬さん!
「伊織……お前じゃないのか?」
「そう言ってるでしょ」
「……」
「吾妻さん、伊織君は何もしていないと思います。異能発動なんて感じませんでしたから」
「間違いないんだな?」
「はい」
「そうか……伊織、すまなかった」
「いえいえ、誰にでも勘違いはあるものですよ。失敗もあれば敗戦もある。それが吾妻さんのような超常の異能者でもね」
「伊織君、そう煽らないで」
「んん? 煽ってませんけど?」
ただの事実にすぎない。
「……」
「……奴らの中に、私を止めた者がいる。そういうことか」
「ええ。ただ、上手くは使えていませんね」
「それでこの効果が……。やはり、見逃せる相手じゃない」
そう考えるのも当然だな。
で、どうする、吾妻?
「……続けるとしよう」
「えっ? 怪我は平気なんですか? 一度あっちに戻って治療しません?」
「必要ない」
「それ、結構な火傷だと思いますよ。本当に大丈夫ですかぁ? 敵には停止能力者もいるのに」
「問題ない」
「はぁ~、仕方ないなぁ。でも、無理はしないでくださいね」
「ああ」
そう言って、駆け出す吾妻。
タフな男だ。
「吾妻さん、平気なんでしょうか?」
「さっきも言ったけどさ、本人がやれるって言うんだから問題ないんじゃないかな」
「うーん……。まっ、いざとなったら伊織君が何とかしてくれますよね」
「ぼくは何もしないよ」
「またまた、そんなぁ」
「ほんとに何もしないから。そういう約束だしね」
「本気で言ってます?」
「もちろん。そもそも、助けるのはそっちの仕事でしょ」
お前が助ければいいんだよ。
「……」
まあ、そう心配することもないだろ。
吾妻なら上手く処理するはずだ。
そう思っていたのだが……。
状況が一変!
「なっ! 誰! どうして?」
はは……。
そうですかぁ。
やっぱり侵入できるんですね、有馬さん。
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<古野白楓季視点>
幻じゃない。
錯覚じゃない。
確かに、そこに彼の姿が!
「功己!」
「兄さん!」
「あいつ、やっとかよ」
みんなの表情が違う。
さっきまで張り付いていた決死の覚悟。
そんなものが嘘のように消え失せ、上気した顔と輝く眼が取って代わっている。
私もそう……。
「で、どうやって入ってきたんだ?」
「分からないわ。でも、有馬君なら可能だと思う」
思うじゃないか、実際に可能にしているのだから。
「功己は、こんな場所くらい簡単に入れるんです」
「どうして言い切れるんだ、姉さん」
「知ってるからよ」
「……」
幸奈さんの有馬君への信頼は相当なものね。
「ちぇっ、有馬はスーパーマンかってんだ」
ほんと。
私もそう思うわ。
「なっ!? 誰? どうして?」
「……」
「……」
敵陣営は、こちらとは対照的。
驚愕にあふれている。
吾妻も完全に動きが止まっている。
「そんな……あり得ない……」
空間異能者はほぼ自失状態。
「……」
壬生弟も……えっ!?
壬生弟が笑っている!
驚きの表情から微笑に!
この状況でも笑えるの?
なぜ……。
「どういうことだ?」
「……分かりません」
「分からない? ここは、お前の異能が創り出した空間だろう?」
「違いますよ。もう何度も説明しましたよね。ここは元々存在しているんです。我々の暮らす世界と密接な関係にある位相空間に移動しただけなんですって」
「そんなことはどうでもいい」
「どうでもいいって……」
「問題はやつだ」
「……」
「外部から人が侵入できるものなのか?」
「それは……できないと思うんですが……」
「では、やつは?」
「……人に見えますね」
「……」
吾妻と空間異能者の動転はまったく治まっていない。
けど、壬生弟は。
「そんな話してる場合なんですかぁ?」
「……」
「先にすることがあるような……。ねぇ、吾妻さん」
「……そうだな」
壬生の言葉で吾妻の雰囲気が戻っていく。
また無表情に……。
「やつを叩き伏せた後に、ゆっくり話を聞くとしよう」
有馬君が現れたのは、私たちと壬生弟の中間地点。
この結界の近くにいる吾妻の背後。
有馬君はまだ状況を確認しているみたい。
そんな有馬君に向け、吾妻が動き出した!
「気をつけて、有馬君!」
「古野白さん……遅くなってすみません」
遅いなんて、そんな……。
「有馬ぁ、そいつは五感全てを奪う異能を持ってんぞ。発動前に何とかしろよ!」
「……了解!」





