第475話 発動
すぐ目の前、手を伸ばせば届くような距離。
そう思えるのに、実際は隔絶した空間。
限りなく遠く感じてしまう。
ただ無力感だけを感じてしまう。
……。
……。
ただ、現状は。
どういうわけか、敵の異能者が姿を消してしまった。
空間内には幸奈たち4人だけ。
一度は地に伏した古野白さんと武上も今は立ち上がっている。
大きな問題もないように見える。
謎の空間内に取り残され、いつ敵の襲撃があるかもしれないという状況は、もちろん予断を許さないものではあるが……。
今この時点だけを切り取れば幸いと考えてもいい、のか?
「……」
もし相手の異能者が攻撃を続けていたら、4人とも無事では済まなかったはず。
命も危なかったかもしれない。
やはり、幸運なんだろうな。
とはいえ……。
敵はどうして4人を残して消えたんだ?
余裕があるってことか?
それとも、他の思惑がある?
あるいは単なる軽視か油断?
ほんと、何を考えているんだか……。
「……」
まあ、今が好機であることに違いはない。
とにかく!
まずはこの謎空間に入ることだ!
無駄な物などほとんど置かれていない壬生家の地下室。
侵入の手段については、この部屋に存在する媒介物が鍵となる。
壬生伊織の言葉を信用するなら、そういうことになるのだが……。
……。
……。
あやしいのは室内に置かれたソファー、テーブル、そしてテーブル上の雑貨。
というか、これ以外に鍵になりそうなものを見つけることができない。
数本のペン。
メモ帳。
ライト。
時計。
ごく一般的な物にしか見えない雑貨類。
これらを調べるしかないか。
……。
……。
結果は想像通り。
異空間に繋がる何かを見つけることなんてできなかった。
「……まいった」
本当に見当がつかない。
いったい、どうすれば侵入できるんだ?
正直、途方に暮れてしまう。
はぁ……。
この雑貨類のどれかに鍵があるなら……。
ん、待てよ!
そうか!
そういうことか!
なら、こうすれば……。
「ふぅぅ」
まずは手掛かりのようなものを見つけることができ、思わず安堵の息が漏れてしまう。
僅かながら肩の力も抜けてしまう。
やっと先が見えてきたな。
それで、今の空間内はどうなって……!?
戦っている!?
古野白さんと武上が異能者と!
俺が雑貨に集中している間に、再び敵の異能者が現れたのか?
「っ!」
武上の動きが悪い。
押されている!
まずい、まずいぞ!
なっ!?
敵の一撃が武上に入ってしまった!
古野白さんにも!
**********************
<古野白楓季視点>
吾妻の手が振り下ろされる。
その寸前に発せられた幸奈さんの叫び声。
すると、不思議な圧力のようなものが押し寄せ……。
吾妻の手が止まった!?
いえ、攻撃が止まったどころじゃないわ。
吾妻が完全に動きを止めている。
私に振り下ろしかけた手もそのままに、静止している。
「がっ!??」
うめき声を上げて震える吾妻。
これは、何?
「古野白、何をしたんだ?」
「……何もしてないわ。吾妻が勝手に止まっただけ」
「何だと?」
そんな顔されても、私も分からないわよ。
「ぐがが……」
こんな状況。
意味が分からない。
分からないけど、助かった。
武上君も私も吾妻の一撃を受けて、まともに動けない状態だったから。
と!
「がぁぁ!!!」
凄まじい咆哮!
吾妻の周りの空気が裂ける!
「古野白さん、武上君、こっちに! 早くこっちに!」
幸奈さん?
「こっちに来てください!」
「幸奈さん、どういうこと?」
「その異能者はすぐに動き出します。その前に早くこちらへ!」
変転する状況に頭がついていかない。
けど、今なら足を動かすことくらいはできる。
「古野白、行くぞ!」
「……ええ」
できれば、吾妻に一撃与えたいところ。
でも、既に静止状態から脱し始めた吾妻は危険だ。
今は幸奈さんを信じて!
「……」
武上君とともに足を引きずるようにして駆け、幸奈さんのもとに到着。
「武志、結界をお願い」
もう結界を張れるだけの時間が経過したの?
「了解」
この状況での結界はありがたい。
ほんとに助かる。
ただ。
「武志君、ちょっと待って」
結界に入る前に一撃くらいは与えないと。
問題は今の私にできるかどうか?
集中して……。
「……炎弾!」
よし!
何とか発動できた!
生み出した炎の弾は、いつもより威力も速度も落ちたもの。
それでも、一直線に吾妻に向かって。
「ぐっ!」
着弾。
胸をとらえたわ!
低威力の炎弾でも胸に受けたら効くはずよ。
「古野白さん、さすがです! さあ、こちらへ」
「ええ」
今はとりあえず結界の中で回復を……。
「ぐぐ……がっ!!」
武志君が結界を発動した直後。
吾妻から二度目の咆哮。
空間を揺らすほどの強烈な咆哮が上がった。
そして……。
吾妻が動き出す。





