第473話 詠唱
申し訳ありません。
遅くなってしまいました。
<古野白楓季視点>
吾妻の背後から放った炎の連続攻撃。
1撃目の炎弾は避けられた。
2撃目も避けられた。
3撃目。
やっと当たった!
ただし、吾妻の脇をかすめただけ。
でも、ここからよ。
炎舞があなたのすぐ後ろに迫っているのだから。
敵を包み込む炎のカーテン、炎舞。
武上君と拳を交えている状態で回避なんかできるはずない。
「!?」
嘘っ!
こちらを振り返った吾妻が躊躇なく左に跳躍!
逃げられる!
「させるかぁ!」
上手い!
武上君が離脱しようとする吾妻の腕を掴んだ。
そのまま炎の前に戻……せない!?
「っ!」
武上君の剛力でも引き戻すことができないの。
けど、吾妻をその場に留めている。
そこは炎のカーテンの左端!
いける!
「ぐっ!」
捕らえたぁ!
初めての大きな一撃。
炎舞が吾妻の半身を包み込んでいく!
「おっと!」
余波で迫る炎を避けるべく、武上君は吾妻の腕を離し後退。
「ぅ……」
炎に包まれた吾妻から少し距離を取った前方に武上君、後方に私。
完璧な挟撃態勢を作り出せている。
「うぅ……」
理想的な展開だ。
このまま押せば、倒すこともできるはず!
「古野白、続けろ!」
「分かってるわ」
炎舞の効果時間は5秒~10秒程度。
派手な見た目に反して威力は控えめなため、吾妻のような異能者を仕留めきる力はない。
だから、攻撃力の高いこれを使うのよ!
「炎弾!」
いまだ蠢く赤色のカーテンに向け発射。
着弾!
「ぐぁっ!!」
大声を上げてのけぞる吾妻。
「こいつぁ、効いてるぜ!」
間違いない。
「もう一撃いってやれ!」
ええ、炎舞が効いている間に。
「炎弾!」
と同時に炎舞が消えてしまった。
「っ!」
炎から解放された吾妻。
一瞬で10メートル以上の距離を!
当然、炎弾は地面に落ちるのみ。
「……」
「古野白ぉ、ここからが勝負だぞ!」
そうね。
逃げられたら、追えばいい。
あの異能を使われる前に、また戦闘状態に持ち込めばいい。
深手を負っている吾妻相手なら、そう難しくはないはず。
ただ……。
さっきの吾妻の表情。
炎から解放された吾妻が私にくれた一瞥。
苦痛の中にも残っていた。
まだ余裕が……。
……。
「おい、逃げんじゃねえ!」
「……」
炎弾を受けた後。
吾妻は距離を取るばかり。
武上君と手を合わせようともしない。
近接戦闘に持ち込もうとする武上君も炎を使いたい私も、間合いに入れない。
「吾妻さん、大丈夫ですか? 一度外に出ます?」
「……問題ない」
「そうですか……。伊織君、どう思います?」
「んん? 何が?」
「言うまでもないでしょ。吾妻さんの戦闘ですよ」
「さあ? ぼくには分かんないなぁ」
「またまたぁ~」
「だって、ぼくはまだ子供なんだよ。すっごい異能者の戦いなんて理解不能に決まってるじゃん」
「……」
「でもさ、吾妻さんが問題ないって言うんなら、それを信じるだけかな」
「……まあ、そうなんですけどね」
空間異能者と壬生の弟は気楽なもの。
この空気の中でも余裕に溢れている。
それは吾妻も同じ。
私たちの間合いに入らぬよう空間内を縦横無尽に動き回っているが、焦りの色は相変わらず浮かんでいない。
炎舞に包まれ、炎弾をまともに受け、着衣はボロボロ。
深手も負っているはずなのに……。
まったく近づけない!
「いつまでも逃げてんじゃねえ。てめえ、やる気あんのか!」
「……」
「何か喋りやがれ!」
「……大したものだ」
「ああ? 聞こえねえぞ」
「まさか、ここまでやるとはな。大したものだよ」
「ちっ! 何言ってやがる!」
「が、もう終わりだ」
それでも距離を取る吾妻。
「おい、ふざけんな! まだ逃げんのか!」
「……The force is sense」
これは、詠唱?
まずい!
「武上君、アレがくる!」
「大丈夫だ。今度はさせねえ!」
「The sense dominates Life……」
「気持ちわりい詠唱しやがって!」
「The sennse presides over Death……」
「てめえ、どこのガキだよ。それとも、日本人じゃねえってか」
そう口にしながらも、武上君の額には汗が浮かんでいる。
「The sennse creates beyond infinite time……」
駆けながら詠唱する吾妻に、武上君も私も近づけない。
間合いに入れない。
「No exception!」
仕方ないわ。
「炎弾!」
無理は承知で、牽制の一撃を。
「Known to every……」
駄目だ。
この距離じゃ、牽制にもならない。
「Known to no……」
まずい、まずい!
完成してしまう!
「I am the flesh of senses……」
こうなったら。
「離れて、武上君! 距離を取るのよ!」
そうすれば大丈夫。
五感を奪われることもないはず。
前回、吾妻と離れていた幸奈さんと武志君が無事だったのだから。
「ちっ! しゃあねえな」
吾妻を追っていた足を止め、一気に離脱。
「あいつ、追ってこねえのか?」
「……そうね」
十分に距離は取った。
あの異能に距離の制限があるなら、心配はない。
そう思うけれど……。
「前より詠唱が長くねえか?」
「……」
明らかに前回より長い。
それに、どんな意味が……。
「……loss of five senses!」
詠唱が完成した。
「くるぞ!!」
「……」
「……」
……見える。
……手足の感覚も。
いける!
大丈夫だ!!
「古野白、だいじょ……」
そう思ったのに!?
目の前が、ぼやけてきた。
手足も少しずつ……。
「ほう、完全に奪えたわけじゃないのか」
地面に片手、片膝をついて動きを止めた私に近寄って来る。
「ったりめえだ! 2度もやられるかよ!」
「相変わらず威勢がいい。だが、その状態で戦えるのかな?」
「問題ねえ!」
気合の一声とともに前に踏み出す武上君。
「ふむ……まだ改善の余地があるようだ」
今回も異能は私たちの身体に発動してしまった。
でも、前回とは違う。
ぼんやりとだけど目は見えるし、耳も聞こえる。
手足にも感覚は残っている。
ただ、強烈に痺れてはいるけれど……。





