第466話 攻防 5
<古野白楓季視点>
バァァン!!
小気味よい快音とともに決まったボディーブロー。
その衝撃で吾妻の体が浮き、武上君の右拳がついに解放された!
「……」
「……」
追撃はない。
拳と手のひらという接点を消失したふたりに距離ができる。
「これは、想像以上だな」
「そっちこそ、なんちゅう反応だ」
武上君の左拳が吾妻の脇腹を直撃。
私の目にはそう映ったのに……。
ギリギリのところで、右手で防いだの?
体が浮いたのも、自分で跳んだだけ?
あの体勢から?
……信じられない。
それでも、吾妻の脇腹を打ち抜いたのは事実よ。
右手の上からとはいえ、きっとダメージを与えているはず。
その証拠に、武上君の右拳は自由になっているのだから。
「でもよぉ。こういうの、悪くないぜ」
「……悪くない、か」
「ああ、面白え!」
武上君……。
息が詰まるような私の思いに反して、武上君の顔には心から嬉しそうな笑みが浮かんでいる。
「しっかし、あんたみたいな強化者がいたなんてなぁ」
「異能者など、掃いて捨てるほど存在するが?」
「そこらの奴らとは違うだろ。強化系で、ここまで体を使いこなしてんだ。しかも、その細い体でよ」
「……」
喜色を浮かべたままの武上君とは対照的に、吾妻の表情は能面のよう。
戦闘中とは思えない。
脇腹に打撃を受けたとは思えない。
それほどに凪いでいる。
攻防の最中、わずかに見せた苦悶の表情が錯覚だったのかと思えてしまう。
……。
まさか!
まったく痛んでない?
いえ、そんなわけないわ。
痛みを隠しているだけ。
そうよ。
そうに違いない。
「壬生側に付いてるのが残念だぜ」
「……」
「ん? 違うか? 味方だったら、遠慮なく戦えねえもんなぁ」
「そこまでして……」
「うん?」
「戦いたいのか?」
「はっ、答えるまでもねえ! ってことで、2回戦開始だ!」
開戦の言葉とともに飛び出す武上君。
今回も先手はこちら。
「……」
対する吾妻は棒立ちじゃない。
さっきまでと違い、防御の体勢で迎え撃とうとしている。
「だぁ!」
右拳の一撃。
続けて、左拳の正拳。
強烈でありながら流れるように放たれる連撃の拳。
受ける吾妻は、前回と異なる対応。
腕と体を巧みに使い、連撃を躱しきった。
「りゃあぁ!!」
そこに、さらなる追撃。
右!
左!
左!
右!
目にも留まらぬ速さで、武上君の拳が繰り出され続ける。
けど、決まらない。
吾妻が見事な動きで、避け、躱し、いなしていく。
「おらぁぁ!!」
「……」
一呼吸でどれだけの攻防があったのだろう?
良く分からない。
その速さと激しさに、最後まで目が付いていけなかったから。
ただひとつ明らかなのは、武上君の拳が当たっていないということ。
「ちっ!」
呼吸が続かなくなった武上君が数歩後退。
吾妻は無表情のまま、その場を動かない。
……。
……。
ここまでは武上君が押しているように見える。
それなのに!
どうしても良い状況とは思えない。
不安が拭い切れない。
まだ攻撃を仕掛けてこない吾妻。
それが防戦による余裕の無さゆえのものなら、問題はないだろう。
ただ、そうでないなら……。
私も加勢すべき?
「今のを全部防ぐかよ」
「……ギリギリだ」
「はっ! 涼しい顔で、よく言うぜ」
「……」
「お前、さっきは本気じゃなかっただろ?」
「君に合わせただけだな」
やっぱり、そうなのね。
だったら。
「武上君!」
「……必要ねえぞ」
「そんなこと言ってる場合じゃないわ」
「問題ねえ。大丈夫だ」
「……」
「こっからは全力でいくからよ! もう少し任せてくれ」
「……状況によっては動くわよ」
「まっ、しゃあねえな」
「……」
危険だと思ったら、すぐ動くから。
覚悟して。
「で、後ろは大丈夫か?」
そうね。
今のうちに現状の確認を……。
武上君と私の20メートルほど後方では、武志君と幸奈さんが待機中。
怪我ひとつないように見える。
異能者が近づいていないのだから当然ね。
「問題ないわ」
対する壬生側。
3人の異能者は、依然として意識を失ったまま地に伏している。
残るは、吾妻と空間異能者だが……。
手が空いているはずの空間異能者は、意識を失った3人の介抱をする様子もなければ、幸奈さんに手を伸ばす素振りも見せない。ただ、武上君と吾妻の攻防を眺めているだけ。
不自然に思えるけれど、私と壬生兄の交戦中も眺めているだけだった。
つまり……。
壬生兄の言葉通り。
あなたたちも一枚岩じゃないってことね。
壬生たち3人と吾妻たちの間には溝があると。
ふふ……。
おもしろい!
「吾妻さん、こっちももう?」
「……分かっている」
「お願いしますよ」
「ああ」
頷く吾妻に納得したのか、遠ざかる空間異能者。
武上君と吾妻の攻防に巻き込まれたくない、その思いが透けて見える。
「おう、やっと本気になったか」
「まあ……そういうことだ」
「じゃあ、3回戦といこうぜ!」
「……」
おそらく、最大の身体強化を施した武上君。
今日一番の動きで地を蹴りつける。
転瞬、間合いに入り。
「どりゃあぁ!!」
最速、最高の右ストレートを顔面に。
「……」
右に頭を振り、紙一重のところで躱した吾妻。
初めての反撃。
カウンターの右ストレートを放った!
「っ!」
武上君も頭を振り、回避に成功!
強烈な右ストレートの打ち合いという体勢上、ふたり共に上半身が右に流れている。
そこからの動きは簡単じゃない。
「……」
今度は吾妻が先!
振り抜いた右腕を強引に左に回し、右フックの要領で武上君の首を巻き込もうとしている。
首を絞めようとしている!
危ない!!





