第47話 エンノア 4
「それは!」
驚いたような表情で俺を見つめるゼミアさん、スペリスさん。
「我らにとっては、まことにありがたい話ですが……」
「可能性が高いとは言えません。それでも、私にできることがあるかもしれませんので、どうでしょう?」
「本当に、お手を煩わせてもよろしいので?」
「もちろんです。この食事のお礼になればとも思っています」
「コーキ殿……」
そう言ったまま沈黙するゼミアさん。
他のみんなも黙ってこちらを見つめるだけ。
「……感謝いたします」
「いえ。それで、詳しい話を聞かせてもらえますか?」
「はい、まずは症状についての話を。スペリス頼めるか」
「承知しました。まず、この病は発症当初はそうとは気づかない程度の軽微な症状が続くようです。症状は倦怠感、筋肉痛、関節痛など。発疹が出ている者もおります。また、これは関係のないことかもしれませんが、歯が抜ける者も2名おりました。それと、この病は伝染性の流行り病といったものではないと思われます」
これは……。
俺の家庭医学の知識の中に、思い当たる病気がある。
ただし、あちらの世界での病なので、こちらにその病が存在するのかは分からない。
魔力が関係する病である可能性もある。
けれど、ここは俺の知っている病だと仮定して。
「少し聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「エンノアの皆さんの食事について聞きたいのですが」
「食事を? それが病と関係があるのでしょうか?」
「まだ分かりませんが、可能性はあります。それで、今夜のような食事をいつもされているのでしょうか?」
「いえ、今夜のように豪華なものは……。恥ずかしながら食料不足でして」
「あっ、そういうことではなく、いつも肉が中心の食事なのかということです」
「ええ、そうですね。基本的には肉とベオです」
やはりそうか。
「野菜などは?」
「今はほとんど食していません。今年は山の恵みが殊の外少なかった上に、レザンジュとの間で問題があった影響で、外の町から手に入れることもできませんでしたから」
「昨年までは手に入っていたのですね」
「はい、山からもレザンジュからも入手可能でした」
これは、野菜不足が病の原因と考えるのが妥当だろうな。
だとすると、平気な人達とは何が違うのか。
「病に伏せっている方たちと、ここで元気にしている皆さんとの食事に違いなどはありますか?」
「各家庭の食事は異なりますので、皆が同じもの、同じ量を食べているわけではありません。ですが、食材としては変わりはないかと思います」
量による差異だけなのか。
この世界の肉やベオの栄養成分などは分からないから、食事量の可能性もあるけど。
「もちろん、伏せっている者には可能な限り多くの食事を与えております。食欲がない者もいますので、その者たちは多くを摂取できていませんが」
病の者には多くの量を食べさせているのか。
となると、やはり肉とベオに含まれていない栄養が不足しているんだろうな。
「ゼミアさんやスペリスさんは何か異なるものを口にしていませんかね」
「食事となると……」
「スペリスよ、我らは獣の心血を口にしておるぞ」
「ああ、そうでした。ですが、それは食事ではなく儀式です」
「じゃが、口にはしておるじゃろ」
「まあ、そうですね」
「獣の心血? それは動物の血ですよね」
血を飲んでいる!
それじゃないのか。
血にはビタミンも多少含まれていると聞く。
この世界での真偽は不明だが、場合によっては地球の動物以上に含まれている可能性だってある。
「はい、我らがよく食する獣といえば角猪なのですが、その角猪の中でも生後8ヶ月以内のものの新鮮な血を心血と呼んでおりまして、豊猟の儀式としていただいております」
それなら頻度は少ないのか。
「どの程度口にしているのでしょう?」
「1度に飲むのは杯に半分ほどです。頻度としては、手に入った時は毎回いただきますので、10日に1回、多い場合は10日に3回、4回でしょうか」
少なくはないな。
この量だと、口にする者と口にしない者で差が出そうだ。
特に外から野菜が手に入らない現状では、大きな差が。
心血がビタミン源となっている可能性が高くなってきたな。
「今伏せっている方々は、その心血を口にされていないのですよね」
「はい、あの者たちは獣の心血を嫌っておりまして」
「なるほど。では、その皆さんの様子を見せていただいても?」
「はい、ご案内します」
ゼミアさん、スペリスさん、サキュルスさんの3人に案内してもらい、病に伏せっている方々の様子を見ることになった。
3人に案内されたのは、エンノアの広場によく見られる石造りの建物、その中でも一際大きな建物の中だった。普段そこはエンノアの集会所として使われているが、今は臨時の療養所として使用されているとのことだ。
そこで、18人全員の様子を見たのだが、結果はほぼ予想通り。
スペリスさんの話のように、伏せっている方々は心血を口にしていないとのことだった。
また新たな事実として、彼ら全員が獣の内臓を苦手としていて全く口にしていないということも判明した。
となると、やはりこれはビタミン不足。
特にビタミンC不足による病気だと考えていいのじゃないだろうか。
この世界にビタミンCという概念があるのかは分からないが、とにかくビタミン的な何らかの栄養が不足しているのだろう。
「ゼミアさん、断定はできませんが、恐らくこの病は栄養の不足が原因かと思われます」
再びゼミアさん宅の客間に戻っての話し合いである。
「先ほどの話から多少は想像もついておりましたが、本当にそのようなことが」
「ええ、昨年まで口にされていた野菜類を摂取できなくなった現状で、それを補う獣の心血や内臓を口にしていないことが原因かと」
「心血や内臓にあの病を治す栄養があるのですか?」
「想像でしかないのですが、おそらくは」
あくまでも想像にすぎない。
ただし、それが正しかったとしても、含有量は決して多くないだろう。
なので、提案だ。
「とりあえず、獣の心血や内臓がありましたら、それを摂取させてください」
「心血は今手元には……。内臓なら少しは……どうじゃスペリス?」
「内臓ならこちらにもあります。各家庭にも少量は保存されていると思います」
「では、それを食べさせてください。嫌がっても薬だと話して、お願いします。それと、ブラッドウルフの内臓もありますよね」
「はい、残っているはずです」
「では、そちらもお願いします」
「よろしいのですか?」
「もちろんです」
「承知しました」
「ひとまずは、それでいきましょう」
「はい……ひとまずとは?」
「より効率的に栄養が摂れる物を私が外で手に入れてきます。その後、またこちらに戻って来ますので、それまでは病の方々に獣の内臓を摂取してもらいたいと、そういうことです」
「そんなことを?」
「ええ、何とかしますので」
「コーキ殿、なんとお礼を言っていいのか……感謝いたします」
「お礼は止めてください、まだ栄養不足が原因と決まったわけじゃありませんし、仮にそれが原因だとしても、私が手に入れた物を口にして病が改善するとも限りませんから。ただ、今の私にできることをしようと思っているだけですので」
「……」
こうなると急いだ方がいい。
「そういうことですので、今から戻ろうかと思います」
「それはまた急な……」
「夜のテポレン山は危険です。戻るのは明朝がよろしいかと」
「これまで見たところでは、この病は数刻のことで急変することもないようですから、どうか今夜はゆっくりしてください」
みんなが口々に帰るのを引き留めてくれる。
「もう深夜です。今夜はゆっくり眠ってもらって、明日の朝にでもお戻りください」
ゼミアさんも。
「……」
確かにもう深夜だが。
今日明日で急変ということもないなら。
「分かりました。お言葉に甘えさせていただきます」
結局、その夜はゼミアさん宅に厄介になることになった。
疲れているだろうということで、寝る前には夕食でも出なかった貴重な薬酒をいただき、そのおかげかぐっすり眠ることができたかな。





