第460話 攻防
「姿を現わしたらどうだ、壬生少年」
「……」
俺の背後。
1階に通じる扉のすぐ側に現れたのは壬生伊織。
複数の異能を操る超常の異能者。
「はぁ~」
気付かれたことに驚いたのか、珍しく苦々しい顔をしている。
幼い容姿にその表情は全く似合っていないな。
「よう!」
「……まいりますよ、有馬さんには」
「そっちこそ、相変わらずたちが悪い」
「ひどいなぁ」
珍しいと思ったのも束の間のこと。
既にその顔には、いつもの余裕が浮かんでいる。
さすが、調子を取り戻すのも早い。
「ぼくみたいないたいけな子供に何てこと言うんです。ホント酷いですよ、有馬さんは」
「いたいけな少年は気配など消せないが?」
「何のことです?」
白々しいことを。
「今さらだぞ」
霧のように消えたり現れたりする姿を何度も見ている。
鑑定を使って、その異能も理解している。
「まあ、そうですよね。ぼくと有馬さんの仲ですし」
「……」
「でもそうかぁ、すぐに見つかっちゃうんだ。せっかく強化したのに……」
気配がさらに希薄になっていると思ったら、やはり強化していたのか。
「うん、有馬さんが凄いだけか。ホント、何者なんです? って、答えてはくれないですもんね」
いや、答えてやるよ。
「ただの大学生だ」
「はは。ただの大学生が、ぼくに気付ける? そんなわけないでしょ」
「ただの少年が背後にいるだけなら気付けるな」
「……」
「まっ、そんな話はどうでもいい。分かってるだろ、壬生少年」
「え~と、その壬生少年っていうの、やめてもらえます? なんだか記号みたいで嫌なんですけど」
「壬生家の一族は多いからな。区別がつかなくなる」
「それじゃあ、壬生兄に壬生姉、壬生父なんて呼ぶんですか?」
「そうなるな」
「あはっ、ホント記号じゃないですか」
「……」
「壬生家の他の者は記号でもいいですけど、ぼくだけはやめてくださいね。ぼくと有馬さんの仲なんですし」
「特別な仲じゃない」
「忘れたんですかぁ! 死闘を繰り広げて休戦した仲じゃないですか。ある意味、恋人よりも深い仲ですよ」
駄目だ。
こいつと話していると調子が狂ってくる。
その上、時間まで無駄に。
「それに、ぼくには伊織という名前もありますしね」
「中身の名前は違うだろ」
「えぇ? 何言ってるか分からないなぁ??」
「……名前の話はもういい」
壬生少年と話している間も、膜の向こうでは戦闘が行われている。
その無音の世界の中、依然として戦況は悪くない。
ただ、それも武志の結界が皆を護っているから。
結界が破壊されると、どう転ぶか分からない。
「今問題なのは、この空間!」
「……」
「これは異能が創り出したものなのか? どういう構造になっている? いや、それより侵入方法だ!」
「……」
「知っているんだろう。この空間への侵入方法を」
「有馬さん、あれを認識できるんですね?」
「ああ。だが、入る方法が分からない」
「凄い! 本当に凄いなぁ。普通じゃないですよ!」
「……」
「あいつの創り出した空間を認識できるなんて! さすがです、有馬さん」
確かに、一般人が知覚できるもんじゃない。
魔力を眼に集中させないと、俺だって見ることができないのだから。
そうは言っても。
「君も認識できるんじゃないのか?」
「まあ、何となくですけどね。で、有馬さんはどんな風に知覚してるんです? 教えてくださいよ!」
「……」
これは、詳しく伝えない方が良さそうだな。
「こっちも漠然と知覚しているだけだ」
「漠然って、どんな感じなんです?」
「君と同じだと思うぞ」
「……そうなんですね」
なぜ気落ちする?
いや、だから、そんなことより。
「君は侵入方法を知っているのか?」
「どうでしょうねぇ」
やはり、知っているな!
「知っているなら教えてくれ」
「うーん、困るなぁ。ぼくにも家との関係がありますから、そう簡単にはねぇ」
「家とは敵対しているんだろ?」
「敵対まではしてませんよ」
簡単には教えられないと。
「……」
壬生少年の立場を考えたら当然のことか。
とはいえ、こっちも譲れない。
時間もない。
いつまで結界がもつのか分からないのだから。
どうすれば……?
っ!?
あれは!
結界に亀裂が?
まずい!
もう交渉してる場合じゃない。
「借りは必ず返す。知っているなら教えてくれ!」
********************
<古野白楓季視点>
ドン!
ガン!
ドガッ!
結界表面に打ちつけられる異能。
その激しさは増すばかり。
「武志君、結界は大丈夫!?」
「まだまだ平気ですよ」
「……助かるわ」
この余裕。
結界持続時間の心配はなさそうね。
あとは、敵の攻撃にどこまで耐えることができるか?
「武志、本当に平気なの? 無理してない?」
「大丈夫だって。結界は使い慣れてるからさ。さっき姉さんに説明しただろ」
「そうだけど。武志が異能を使えるなんて知らなかったし……」
「それは、ごめん。ちょっと話せなかったんだよ」
和見家には色々と問題がある。
このふたりの関係も複雑だ。
それでも、このふたりなら大丈夫。
そう信じている。
「こっちは準備万端だ! いつ結界解除してくれてもいいぞ」
「でも、姉さんが」
「問題ねえ。オレが護ってやらぁ」
「武上君、甘く見ちゃだめよ。敵は5人いるのだから」
ドガン!
ガン!
「こんな攻撃、今までと変わらねえだろ」
確かに、そう。
結界に対する異能攻撃は、これまで見てきた異能と変わりはない。
「まったく問題ねえな。5人いても同じだぜ」
私たちふたりだけで複数の異能者を捕らえた経験もある。
この壬生家相手にも……。
ただ、今回は容易くないのよ。
明日も更新予定ですが、
本業の都合上、更新できない可能性も……。
その際は、お許しください。





