第458話 和見屋敷
幸奈や武志、古野白さんだけじゃない。
誰の気配も感じられないんだ。
和見家の両親も壬生家の手の者も、人の気配なんてひとつも……。
古野白さんの話を聞き和見家に駆けつけるまでに要した時間はわずかなもの。
その短時間で関係者すべてが消えてしまったというのか?
「……」
武志は幸奈を守るために壬生家の異能者と戦っていた。
古野白さんたちも到着していた。
それなのに、消えて?
そんなことが?
いや、もう一度。
もう一度確認だ。
精度を上げた感知を展開!
1階……。
2階……。
屋敷周辺……。
いない。
やっぱり何の気配も感じられない。
「……」
連れ去られたと?
このわずかな時間に、幸奈と武志が壬生家によって?
だとしたら、古野白さんたちは?
っ!?
そうだ。
古野白さんに聞けばいい。
それで現状を把握できる。
電話は?
この近くに公衆電話は?
いや……必要ないな。
今は緊急時。
和見家の電話を使わせてもらうぞ。
開け放たれた門扉をくぐり、玄関から邸宅内へ侵入。
すると。
「!?」
これは?
玄関に入った途端、肌に感じる違和感。
軽く痺れるようなこの奇妙な感覚は?
気のせいじゃない。
微かだが、確かに感じる。
「……」
何が原因なんだ?
まったく分からない……。
ただ、今はそれより電話だ。
邸宅内で見つけ出した電話に手を伸ばし、すぐに古野白さんに連絡を!
……。
……。
繋がらない!
何度かけても、古野白さんの電話に繋がらない。
どうして?
この状況で古野白さんが電源を切るなんてこと?
あるとするなら、戦闘の妨げになるから。
和見の屋敷を離れ、どこかで戦闘しているから。
それとも……。
電波の届かない場所にいる?
いや、待てよ!
電波を遮る空間を壬生家が作り出している可能性もあるぞ!
研究所が異能無効化の道具を開発しているんだ。
決して不可能なことじゃない。
もし、電波も気配も遮断することができるなら。
皆がここにいる可能性も?
「……」
あれこれ考えるより確認が先。
この邸宅内を探ってやる。
まずは、1階の各部屋からだ。
広い和見家の屋敷の中を、リビング、応接室、和室と急ぎながらも慎重に足を進める。
感知も発動し、目と耳と感知で探索を続けていく……。
……。
……。
見当たらない。
誰の姿も。
ただ、あの奇妙な感覚だけが肌を刺激してくる。
まだ微かなものではあるが、さっきよりはっきりと。
剥き出しの肌を撫でるザラッとした質感。
気持ちが悪い。
「っ!」
避けることのできない不快感が抑えていた焦燥を掻き立て、心臓が騒ぎだす。
過去の惨劇を思い出してしまう。
今回の件に関係はないと分かっているのに……。
それでも、探索を続けるべく2階へ。
「……」
当然のことながら、人の気配は微塵も感じられない。
1階とは異なり、多くの部屋が並んでいる2階廊下。
この中のどこかに、気配を遮断された幸奈たちが。
異能者たちが。
「……」
いつ戦闘が始まるか分からない。
常にその可能性を頭に入れて用心深く探索を!
……。
……。
いなかった。
2階にも。
やはり、この屋敷に残ってはいないのか?
外に連れ出されたのか?
そう思わざるを得ない。
ただ、今も感じる奇妙な不快感。
この感覚が和見家の異常さを伝えてくる。
屋敷内には何かある、そう勘が告げてくる。
「……」
見落としがあるのかもしれない。
よし。
もう一度、調べてみよう。
……。
……。
再開した1階、2階の捜索。
より念入りに調べたのだが、無駄だった。
誰の姿も見ることができなかった。
勘が外れたと。
そういうことか……。
ここに幸奈たちがいない以上、連れ出された可能性は非常に高い。
すぐにでも外に出て幸奈を探す必要がある。
けど、どこを探せばいい?
手掛かりが何もないこの状況で?
「……」
壬生家だな。
壬生の家しかない。
所在地をなんとか調べて、乗り込んでやる!
そんな思いで玄関に向かっている途中……。
何だ?
廊下の奥。
その片隅から、あれが濃密に漂ってくるぞ。
これまで和見家の屋敷内で感じたものとは比べ物にならない。
背筋と首筋に感じるザラザラとした不快さ。
ぞっとするような感覚。
「……」
不快極まりないが、その感覚を頼りに周辺を調べてみると……。
「隠し通路。いや、隠し階段か」
地下へ通じる階段が現れた。
当然のように、階下からはあの空気が這い上がって来ている。
それでも、ここで退き返すという手はない。
地下に下りるしかない。
「……」
気配を探りながら慎重に階段を一段ずつ踏みしめ……。
地階に到着。
目の前には頑丈そうな扉。
ここに来てすら人の気配を感じることはない。
ただあの空気だけが濃度を増している。
部屋の中には何かがある!
そう確信させるほどに!
「!?」
この扉、驚いたことに鍵がかかっていない。
立派で頑丈な扉にこの瘴気。
間違いなく施錠されていると思ったのだが……。
まあ、いいだろう。
何が待っていようと突入するのみだから。
室内に突入後、そのまま戦闘を開始できるように準備を整え。
念のため魔力も纏い。
扉を開け放つ!
体を低くして、転がるように室内に突入!
すぐさま防御と攻撃の体勢に移行!
……。
……。
……。
嘘だろ。
誰もいない。
何もない。
「……」
人がいない可能性はあり得る。
それは理解していた。
ただ、異状な物がまったく存在しないなんて!
考えられない。
本当に……。
なら、この不快感のもとは?
濃密な瘴気の原因は?
何も無いというのか?
「……」
不快感、嫌悪感に加えて生まれてくる大きな疑念。
そして……。
尋常じゃない空間にひとり存在しているという不安感。
「……」
この世界に残されたのは自分だけ。
「……」
寂々たる思い、焦燥。
足下が揺れ、崩れていくような感覚。
そんなものさえ生まれてしまう。
……。
……。
……。
なるほど。
そういうことか!





