第454話 それぞれの
<ヴァーン視点>
「甘えたくないの」
セレス様のもとを離れる。
セレス様に甘えたくないから。
この状況で、それは!
「甘えじゃねえだろ」
「ううん、甘えよ」
シアは視力を失ってんだ。
それどころか、一歩間違えれば命を失っていたんだぞ。
セレスさんを護って。
「仮に甘えだったとしても、悪いことじゃねえよ」
「そうね。今はまだそうかもしれない。でも、この状態がずっと続くようなら」
それは……。
「セレス様もワディンのみんなもこれからが大事な時。わたしが重荷になるわけにはいかないわ」
「……」
違う!
そう否定したい。
けど、シアの気持ちも理解できる。
現状もそう……その通り。
ただ……。
「……まだセレスさんの心の傷は癒えてねえ。シアが傍にいる方がいいんじゃねえのか」
「わたしもそれは考えたわ。でも、セレス様なら大丈夫。ここ数日でそう思えたから」
「……」
「ヴァーンもそう思うでしょ」
確かに……。
事件後、セレスさんは落ち込むこともなく毎日精力的に動いている。
もちろん、あの件を忘れようと頑張っているのかもしれないが。
こっちが感心するぐらいの強さを見せているんだ。
とはいえ。
「セレスさんもシアとは離れたくないと考えてるぞ」
「本当に光栄なことね。でも……このままじゃいけないと思う」
その瞳に悲しみに似た感情を浮かべ。
「わたしもそうだけど、セレス様も!」
それでいて、揺るぎない意志を感じさせる。
穏やかながらも毅然とした口調。
「……」
セレスさんもシアも、大したもんだよ。
「だからね。ちょうどいいタイミングだと思うの」
「今がか?」
「うん。セレス様もわたしも、ワディンもエンノアもその時期かなって」
「……」
今は小康状態とはいえ、レザンジュとの間にいつ問題が起こるともしれない状況。
ワディン領奪還を目指す騎士たちも、それを助けるために行動すると決めたエンノアも慌ただしく過ごす日々。
そんな忙しい毎日の中でも、多くの者がシアの視力を取り戻す方法を考え、探している。
コーキなんかは、実際に外に出て色々と動いているくらいだ。
コーキは再生魔法の使い手や神薬を探しているんだろうな。
簡単に見つかるもんじゃねえのに……。
体の欠損を修復するという幻の再生魔法。
万物を癒すとされる神秘の神薬。
存在自体が謎に包まれているそれらを。
それに比べ、俺は……。
「オルドウに戻ろうかな」
「……」
「ヴァーン、駄目?」
駄目じゃねえよ。
俺の答えなんて、最初からひとつ。
ただ、お前のことが心配だっただけだ。
「……ふたりでオルドウに戻るか」
「いいの?」
「あたりめえだ。俺がシアと離れるわけねえ」
今はシアを優先する時。
どこにでもついて行くし、付き合ってやる。
俺の夢は……。
そう、ひとまず置いときゃいい。
しばらくはシアに喰われてやるよ。
「ふたりで視力を戻すための算段を考えようぜ」
「ヴァーン……」
「といっても、コーキが先に見つけりゃ、それを頼るけどな」
「うん……ありがと」
「よーし。なら、具体的に今後のことを考えるとすっか」
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「コーキさん、どうか気をつけて」
「セレス様こそ」
「私は平気ですよ。少なくともトゥレイズに戻るまでは。そう予知が教えてくれましたから」
「……」
あの惨劇の夜以降、セレス様は変わった。
日々の行動が大きく変わったということでもないが、内面の変化には疑いの余地もない。
ただし、その変化は俺の想像とは真逆のもの。
ディアナを失い、自分を庇ったシアが視力を失くし、打ちひしがれると思っていたセレス様。
実際は、そんな様子を見せることもなく普段通り。
いや、普段以上に精力的な毎日を過ごしている。
もちろん、秘めた思いは相当なものだろうが、そんな心情の一端すら表に出てくることはない。
セレス様……。
……。
初めてテポレン山で出会い、行動を共にした日々。
絶望と悔恨で潰れそうになった魔落での姿。
今のセレス様に、そんな脆さは全く感じられない。
わずか数ヶ月でここまで……。
「こちらのことは心配要りませんので、幸奈さんのことをお願いします」
「……」
そんなセレス様から提案があったのは昨日。
内容は。
幸奈の様子を見るために、一度日本に戻ること。
シアの視力を戻す方策を探るため、セレス様たちとはしばらく行動を別にすること。
この2つだ。
幸奈の件については納得できる。
日本に戻って以来会っていない幸奈の様子は見に行くべきだと俺も思うから。
ただ、別行動についてはどうなんだ?
シアの視力を戻すためとはいえ、セレス様と離れるのは?
ディアナを失い、シアとヴァーンが去った今、セレス様の側に残っているのはユーフィリアとアルのふたりだけ。
まだ襲撃者が隠れている可能性だってある。
この状況でセレス様を残して……。
……。
安全は担保されている。
トゥレイズ奪還まで問題はない。
このセレス様の予知がなければ、離れることなんてできかっただろう。
「コーキさん……嫌な予感が」
けれど、今は予知を信じるしかない。
「幸奈さんのことは、なぜか分かるんです。ですから、早く!」
「……」





