第453話 決断
「シア、俺はここにいるぞ。目の前だ。見えるよな?」
寝台の上に座るシアの真正面に移動するヴァーン。
けれど。
「見えない……」
「っ!」
「ヴァーン、あなたが見えない! 声しか聞こえない!」
「馬鹿な! どうして見えないんだ!?」
「そんなこと、わたしだって分からない」
シアが視力を失っている!
「姉さん!」
「アルもそこに?」
「ああ、ヴァーンさんの隣にいる。姉さん、見えないのか? 本当に?」
「……何も見えない」
「嘘だろ! 胸の傷で目が見えなくなるって、何だよ!」
一過性の視力喪失か持続的なものか?
それは分からないけれど、今ここで視力を失っていることだけは確かだ。
「……」
「……」
「……」
「……」
しかし、どうして?
胸の傷と視力喪失に関係があるとでも……。
「コーキさん、シアに何が起こっているの?」
「それは……」
このタイミングで視力を失ったんだ。
胸の傷に関係がないとは思えない。
いや……。
胸の傷というより失血に原因があるんじゃないのか。
「多量の出血が原因で視力に問題が生じたのかもしれません」
「そんなこと……あるのですね」
「ええ」
考えられることではある。
つまり。
出血性ショックによって低酸素脳症か血圧の降下が起こり。
脳の視覚に関係する領域に脳梗塞が発症。それにより視力を失ったと。
「胸の傷で目が見えなくなるのかよ!」
「コーキさん、本当なのか?」
「先生?」
幸奈として現代日本で暮らしていたセレス様は、その経験もあって俺の話を信じてくれた。
しかし、ヴァーン、アル、シアはそうはいかない。
「そんな話、聞いたこともねえ」
こっちの世界でそこまでの失血をした場合、一命を取り留めること自体難しい。
失明する前に命を失ってしまうはずだ。
それなら、話に聞くこともないだろう。
「……可能性としてはあり得る」
「信じていいのか?」
「ああ」
もちろん、この世界に暮らす人々の人体構造、機能があっちの世界の人々と同じであることが前提なんだが。
「でもよ。それが本当なら、血が戻れば目も見えるようになるってことじゃねえのか?」
「コーキさん?」
「……」
そう簡単な話じゃないんだ。
失った視力は……。
けど。
視力は戻らないなんて、この場で言えるはずもない。
「先生?」
「コーキさん、視力は戻るの?」
口を閉ざした俺にヴァーン、アル、シア、セレス様が答えを求めてくる。
「……」
答えることができない。
とはいえ、沈黙は肯定を意味してしまう。
シアの視力が戻らないことを肯定するなんて……。
って、そうだ。
ここは日本じゃないんだ。
だったら、可能性も!
そもそも、人体構造が違う可能性だって十分にある。
その上、この世界には魔法や魔法薬も存在する。
神様だって実在して、この山の下に住んでいる。
なら、視力が戻ってもおかしくないだろ。
「まさか、無理とは言わねえよな!」
「……このまますぐに視力が戻る可能性は低いと思う」
「血が戻っても視力は戻らねえのか!!」
「この後の様子を見てみないと、はっきりしたことは言えない。ただ、おそらくは……」
「……」
「……」
「……」
3人とも言葉を失くしている。
当然か。
知識のある俺でさえ、この現実は受け入れがたいのだから。
だから、そう。
簡単に受け入れはしない。
「手段はあるはずだ。シアの視力を戻す手段が」
こんなこと、決して明言できることじゃないと分かっている。
「そう、だよな」
「コーキさん、本当にあるのか?」
簡単なことじゃないと理解している。
それでも必ず。
「ああ! どれだけ時間がかかっても見つけ出してやる」
「先生……」
***********************
<ヴァーン視点>
「シア……」
エンノアの地下広場。
その中央にある神像の近くに佇むシア。
視力を失ってから自由に動くことができなくなったシアは、こうして広場で物思いにふけることが多くなった。
俺はただその横にいるだけ。
シアの苦しみを引き受けることもできない。
「どうしたの、ヴァーン?」
「……何でもない」
「そう」
「……」
「……」
沈黙の時間も長くなった。
あれから5日しか経っていないんだ。
無理もないことだと分かっている。
俺自身も黙考する時間が増えたのだから。
ただ、ふたりでいる時くらいは……。
……。
……。
「ヴァーン、決めたわ」
そんな俺の思いを断ち切るように、決然とこちらに向き直るシア。
言葉にも表情にも、迷いは見えない。
「何を決めたんだ?」
「わたし……ここを出る」
「離れたいのか、エンノアから?」
辛い記憶が残るこの地から。
「エンノアというか、セレス様の側から少し離れようと思うの」
「……」
「目の見えないわたしがセレス様の近くにいても何もできない。何もできないどころか、足枷になってしまうわ」
それは……。
「セレス様はそんなこと考えてないだろ」
「そうね。セレス様は優しい御方だから。でも、だからこそ、甘えるわけにはいかないのよ」
今夜、短編も投稿する予定です。
この作品とは全く違うテイストになっておりますが、
そちららも手に取っていただけると幸いです。
https://book1.adouzi.eu.org/n6836hv/
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