第451話 治療 8
「起きてくれ、セレスさん!」
「……」
ヴァーンの声に反応を見せないセレス様。
力を使い過ぎた代償は小さいものじゃないということか。
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホゥ!!!」
ディアナはまたしても大量の喀血。
「ユーフィ、リア……ゴホッ……おわか、れ……」
「何言ってるの、ディアナ!」
「……セレスさまのこと、おね……がい」
「ディアナ……」
っ!
どうすればいい?
他に何かできることは?
……。
本音を言うと、ディアナに対しては複雑な感情が心に巣くっている。
救いたい思いと許せない思い。
まだ心の中で収拾がつかない状態だ。
これまでの関係があるとはいえ、あの凶行は簡単に許せるものじゃないから。
ただ、今の彼女には害意なんて見られない。
ニレキリの毒に倒れた彼女に攻撃的な姿は微塵も残っていない。
そんなディアナを見ていると、やはり、助けたいという気持ちが頭をもたげてくる。
おそらく、ヴァーンとアルも俺に近い感情を抱いていることだろう。
「ディアナ、こんなところで死ぬんじゃねえ。おめえには違う死に場所があるはずだ!」
「……」
「生きて償え!」
「ゴホッ……すま、ない」
「謝んな!」
「……」
「だいたいなぁ、まだおめえには聞きたいことがあんだ」
「なに、を……」
「だから、おめえひとりの犯行かってことだ。今回のこと、これまでのディアナの忠勤ぶりからは考えられねえだろ。何か裏があんじゃねえのか?」
「……ない。わたし、ひとり、の考え……ゴホゥ!」
「そんな言葉信じられねえな!」
「……」
確かに。
今回の件、それにこれまでのニレキリの毒の使用については不審な点が多い。
ディアナは自分ひとりの考えで犯行に及んだと言っているが、本当にそうなのか?
「おめえを助けて、あとでゆっくり聞いてやるからよ」
そう。
まずは助けてからだ。
けど、今は……。
「ゴホッ、ゴホッ!!」
ヴァーンの強い口調に、咳き込みながら俯くディアナ。
「……」
すると。
「セレス様!」
「セレスさん?」
「ヴァーンさん、アル……」
セレス様の意識が戻った!
「セレス様、大丈夫ですか!」
「私は……っ!? ディアナは? シアは?」
「……」
「どうしました? 魔法と薬で治療中ですよね?」
「そうなんですが……まずい状況で」
その一言で跳び起きるセレス様。
が、ふらついて!
「セレス様?」
「セレスティーヌ様!」
「うっ……問題ありません。それより、ディアナを」
覚醒したばかりのおぼつかない足取りでディアナの側に歩み寄って来る。
「ゴホッ、ゴホゥ……はあ、はあ……セレス、ティーヌ様?」
「ディアナ! 今すぐ祝福を使うから」
「セレス様、その身体で平気なのですか?」
「関係ありません! 祝福を行います!」
鬼気迫るその表情に、皆が言葉を止めてしまう。
「「「……」」」
セレス様が意識を失って四半刻が過ぎたばかり。
まだ無茶はしてほしくないが、それも無理な相談か。
「……っ??」
「セレスさん、どうした?」
「……!?」
「どうしました?」
「……だめ! 祝福が!?」
使えない?
「祝福が発動しません!!」
やはり……。
まだ祝福を使えるほど回復してないんだ。
「どうして? こんな時に使えないなんて……」
「セレス様……いいんです。十分、です」
「……」
「最期に会えて……ゴホッ……よかっ……ゴホゥ!!」
「「ディアナ!」」
「ゴホッ……さき、に……」
「やめて!」
「さきに……いき……ゴホゥ、ゴホゥ!!」
「ディアナ、私を残して行かないで!」
「ユーフィ……なか、ない……ゴホッ!」
「……」
「なか……ないで、ユーフィ」
「いや! ディアナぁ!!」
こんなに取り乱したユーフィリアなんて……。
「コーキさん! どうしたら?」
「治癒は続けてますが、これ以上は……」
もちろん、治癒魔法はずっと続けている。
全力で続けている。
「そんな……」
祝福は使えない。
治癒魔法と低級魔法薬だけ。
これじゃあ、もう……。
「ああ……お、にいさま……」
「ディアナ?」
「おにいさまが、そこに……」
幻覚まで!
「すぐに……おそば、に……」
「やめて、ディアナ、やめてよ!」
「……ユーフィ?」
「ええ、そうよ」
「ありが……ゴホッ!」
「そんな言葉要らない!」
「……あり、がと……」
「いらないから、お願い、ディアナ!」
「ユーフィ……」
「ディアナ、ディアナぁ!!」
見てられない。
見ていられない!
「ディアナ」
「……セ、レスさま?」
「まだ私に仕えてくれるんでしょ!」
「ゴホッ、ゴホゥ……はあ、はあ……もうし、わけ……」
「……」
「セレ、スさま……あなた、のことが……」
ゆっくりと手をセレス様のもとへ。
「……でした」
「ディアナ!」
「……どうか……じゆう、に……」
「……」
「……じゆうに……生きて……ゴホゥ、ゴホゥ!!」
「「「ディアナ!!」」」
「はあ、はあ……お、にい、さま……。これから……まいり……」
虚ろな目で一瞬宙を見据えたディアナ。
そして……。
手が落ちた。
……。
……。
ゆっくりと目を閉ざしてしまった。
「ディアナ!!」
「そんな!」
「ディアナさん!」
「ディアナ、おめえ……」
言葉は返ってこない。
「「ディアナぁぁ!!!」」
「……」
「ディアナ……」
「……」
「……」
「……」
いつも張りつめたような空気を纏っていたディアナ。
ヴァーンと揉めてばかりいたディアナ。
そんな彼女が。
静かに流れ落ちる水のように去っていった。
白い朝霧が手のひらから零れるように、消えていった。
……。
……。
苦しかったはずなのに、その頬には微かな笑みが残っている。
苦悶の色のない安らかな表情。
それだけが……。
……。
……。
「ディアナ……」
風が吹く。
閉鎖された地下の一室に風が。
僅かに湿気を帯びた風が部屋を通り抜け、花瓶に飾られたベニワスレの一枝を揺らす。
……。
……。
ひとひらの花弁が舞い落ちた。





