第448話 治療 5
シアの様子がおかしいというアルの言葉に振り向くと。
「はあ、はあ……」
さっきまで穏やかな表情で眠っていたシアが目を覚ましている。
しかも苦しそうに息をしながら。
「姉さん、大丈夫か? 姉さん!」
「シア、どうしたんだ?」
呼吸が浅い。
顔の色も真っ白。
明らかに容態が悪化している!
急にどうして?
「さむい……」
「寒いのか、シア」
「寒いんだな、姉さん」
「さむい……」
「これを!」
アルが運んできた掛け布団をシアの体の上に!
「はあ、はあ……」
「もう寒くないか、姉さん?」
「さむい……」
これでも寒い。
ということは!?
「シア、また治癒魔法を使うぞ」
「……せんせい」
原因が何であれ、俺にできるのは治癒魔法とそして。
「魔法の前に、これを飲んでくれ」
「はい……」
魔法薬だけ。
ふたつしかない。
このふたつを続けるのみ。
魔法薬を口にするシアに、治癒魔法を発動!
「コーキさん、シアは?」
すぐ横でディアナの治療を続けているセレス様。
彼女も全く手が離せない状況だ。
「ゴホッ、ゴホッ」
ただ、当のディアナは……。
祝福の効果が薄れてきたのか、容態は悪化の一途をたどっている。
「シアの様子は?」
「……あまり良くありません。ですが、外から見る限り傷口は塞がっていますので」
「傷はない……。ということは、体の中で何かが起こっているのですね?」
「そうだと思います」
シアの蒼白の顔色。
浅い呼吸に寒さを感じる状態。
傷口が塞がっているのに、このような症状が表れている。
おそらく……これは出血性ショック!
やはり、大量の失血量が問題だったんだ。
「はあ、はあ……」
シア!
ここで何とかしなければ!
大変なことになってしまう。
「……ディアナの治療が終わったら、すぐにシアに祝福を使います。それまで、コーキさん、お願いします」
「分かりました」
治癒魔法と魔法薬による治療しかできないが、全力を尽くそう!
「ゴホッ、ゴホゥ!!」
「はあ、はあ……」
今のふたりは共に油断できない状況。
予断を許さない状況なのだから。
「……」
シアの胸のあたり、患部周辺に治癒の光を当て続ける。
「シア!」
「姉さん?」
「……さむ、い」
「コーキさん、まだ寒いって!」
「ああ」
分かってる。
魔法と薬がどれほど優れていようとも、失った血が戻ることはない。
当然、この容態のシアに治癒魔法と魔法薬の効果がどれほどあるのかも不明だ。
それでも、他に手段はない!
治療を続けるしか!
……。
……。
全ての神経を魔力行使に集中して治癒魔法を継続、治癒状態を保持。
……。
……。
すると。
「コーキ!」
「コーキさん!」
少しではあるが、シアの血色が戻ってきた。
呼吸も落ち着きつつある。
「姉さん、寒さは?」
「今は……大丈夫……」
「そうか! よかったぁ」
「息も苦しくないか?」
「うん。でも……ちょっと眠い」
「眠い? コーキ?」
「……」
眠いなら眠らせた方がいいはず。
「シア、このまま治療を続けるから安心して眠ってくれ」
「先生、ありが……」
言い終わる前に睡眠状態に入ってしまった。
「コーキ、大丈夫なのか?」
詳しいことは分からない。
「コーキさん?」
治癒魔法では、出血性ショックに対して本質的な治療などできないのかもしれない。
それでも、顔色も呼吸も戻ってきているんだ。
悪い方向には進んでいないだろ。
「……」
失った血を戻すことはできなくとも、治癒魔法でシアのこの容態を維持できるなら。
いずれ根本的な回復に向かうはず。
「どうなんだ?」
それに、ここで俺が弱気になるわけにはいかない。
「治癒魔法を続ければ、大丈夫だ」
「そうか! そうだよな」
安心したように息を吐くヴァーン。
「コーキさん、ありがとう」
安堵の声で感謝してくれるアル。
「……」
治療の効果が定かでない状況でのこれは、正直かなり心苦しい。
けれど……。
「安心してくれ。必ず助けるからな!」
それも全て飲み込んでやる。
「治療を続けるぞ!」
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<セレスティーヌ視点>
「さむい……」
すぐ横で寒さに震えるシア。
治ったんじゃなかったの?
どうして、こんなことに?
心配で、どうにかなってしまいそう。
でも、今は。
「ゴホッ、ゴホゥ!」
ディアナの治療を放棄することはできない。
シアのことはコーキさんに任せて、ディアナを治療するしか!
「セレスティーヌ様、ユーフィリア……ありが、ゴホッ!」
私の祝福の中でも、咳は治まってくれない。
その上、咳とともに溢れ出る真っ赤な血。
「ディアナ、しっかりして!」
そんなディアナの手をユーフィリアが強く握っている。
「……」
あの並行世界で見た光景とそっくり。
違うのは、咳いている人物だけ。
「ユーフィリア……もう、いいから」
「何を言ってるの!」
「ユーフィリア……これまで……ごめんなさい、ゴホッ!」
「謝ることなんてない! だから、ディアナ!」
「ありがと、ユーフィリア、ゴホゥ!」
「ディアナ!」
「はあ、はあ……あなたには、そんな顔似合わないわ」
「……」
「悲しまないで……これは自分でしたこと、だから……ゴホッ!」
「……」
「ユーフィリア、セレスティーヌ様のことを……ゴホッ、ゴホッ!」
「ディアナ……」
「……セレスティーヌ様のことを……頼みます」





