第436話 因果
「「「「「きゃあぁ!!」」」」」
「「「セレス様!!」」」
高速で飛来するアイスアローが貴賓席に、セレス様のもとに向かって来る。
この距離でこの速さ!
普段なら慌てるところだが、今は違う!
「ストーンウォール!」
いつ何が起きてもすぐ発動できるよう準備していた魔法を発動。
と同時にセレス様を庇うように抱きかかえ、後方に跳躍。
さらに。
「ストーンウォール!」
2重の防壁を作り上げる。
ドゴッ!
直後、飛来したアイスアローが前方のストーンウォールに激突!
ガガガッ!!
驚くことに、アイスアローの勢いが衰えない。
推進力を保ち防壁の表面を削り続けている。
ガガッ……。
ただ、それも数秒のこと。
込められていた魔力が消失し地面に落下、そして……。
バリーン!!
砕け散った。
「……」
突然の凶弾に、貴賓席は言葉を失ったまま。
静寂が広場を支配している。
俺はストーンウォールを保持し、2重の防壁を展開中。
警戒を緩めてはいない。
この瞬間に何が起きるとも知れないのだから。
……。
……。
とりあえず危険はない、のか?
と感じ取ったのは俺だけじゃなかったようだ。
「「「「「「「「「「おおぉぉぉ!!!」」」」」」」」」」
呆然と立ち尽くしていた貴賓席の面々。
そして観客たちから、歓声が爆散した。
「凄いぞ!」
「瞬時に2重の防壁を作り出すなんて!」
「さすが、コーキ殿!」
広場には称賛の声が木霊している。
とはいえ、やはりまだ油断はできないな。
この時間は未知の時間。
ニレキリの毒も今のアイスアローも防ぐことはできたが、未だ犯人を確保できてはいないんだ。
なら、次は?
いつ、どんな場面で、誰が何を使って仕掛けてくるのか?
何もかも全く分からない状況。
今この時に、喧騒の中をついてくる可能性も十分に考えられる。
意識を拡散し、気配を探り続けるしかない。
しかし……。
あの魔法。
ユーフィリアが放ったこれまでの攻撃魔法とは隔絶したものだった。
異常な威力と速度でセレス様に真っ直ぐ向かってきたアイスアロー。
ストーンウォールに阻まれてなお勢いが消えなかったほど……。
……。
まさか、彼女が?
ユーフィリアが犯人だというのか?
ずっと己の技量を隠していたと?
もちろん、その可能性もあるが……。
……。
「セレス様、御無事ですか?」
「セレスティーヌ様、お怪我は?」
「セレスさん、大丈夫か?」
シア、ディアナ、ヴァーン、アルが駆け寄って来る。
「……大丈夫です。その、コーキさんが護ってくれましたから」
俺の腕の中、何とも言えないような表情で答えるセレス様。
「コーキさん、ありがとうございました。ですが、ちょっと……」
「コーキ殿、セレスティーヌ様を護っていただき感謝する。ただ、もう良いのではないか」
うん?
ああ、そういうことか。
「セレス様、緊急時とはいえ、失礼しました」
腕に抱いていたセレス様を解放して、自由に。
「いえ……」
仕方ないことだとは思うが、衆人環視の中でこれは恥ずかしいよな。
申し訳ない。
「あらためて。コーキさん、今回も護っていただいたこと、心から感謝いたします」
「……無事で良かったです」
「ほんと、良かったぜ」
「先生のおかげですよ」
危機の回避を実感し、弛緩する空気。
そんな俺たちの前。
「セレスティーヌ様……」
まだ解いていない防御壁に歩み寄ってきたのは、ユーフィリアと対戦相手の冒険者。
「申し訳ございませんでした」
「申し訳ありません」
ふたりそろって地に片膝をつけ頭を垂れている。
「非は私にあります。全て私の責任です」
「いえ、私が防壁でアイスアローを受け流してしまったのが原因です」
「……ふたりとも頭を上げてください」
「……」
「……」
「今のアイスアローはただの事故。偶然の産物です。ふたりに責任はありません」
「ですが……」
「……」
「私も無事ですし、何も問題などないのです。そもそも、模擬試合観戦に危険はつきものでしょ」
「……」
「……」
「ですので、ふたりに咎はありません。皆もそれでいいですね」
「「「「「はっ!」」」」」
確かに、咎などないのかもしれない。
実際のところ、模擬試合の魔法攻防から防御壁を経由してのアイスアロー飛来なんて、狙ってできるものではない。
仮にふたりが共謀していたとしても……。
やはり無理だろう。
防壁で逸らされたアイスアローの進行方向など計算できるものじゃないのだから。
それに、このふたりの表情と態度。
害意を持つ者の姿とは、到底思えない。
なら、偶然か。
これもまた偶然なのか?
……。
エレナさんの腐敗した甘味。
さっきのセレス様の咳。
そして、今のアイスアロー。
立て続けにこんなにもあやしいことが?
俺の過敏な神経がそう感じさせるだけ?
そうなのかもしれない。
ただ、それでも、このタイミングで続くと……。
これまで何度もやり直し、セレス様の死を回避してきた。
だから、存在しないと思っていた因果律。
セレス様を死へと誘う運命の力みたいなものが存在する?
何度防いでも悪夢が降りかかってくると?
……。
……。
分かるわけがないな。
神ならぬ人の身で分かるわけもない。
だったら、することは同じ。
これからもセレス様を護るだけだ。
死神が因果律を操ろうとも、セレス様を渡しはしない!
絶対に!!
数時間に及ぶ警戒ですり減っていた神経を奮い立たせ、決意新たに臨んだ時間は……。
因果律の姿など、欠片も見ることなく無事に過ぎていき。
そして。
「冒険者メルビンと騎士ルボルグの剣合わせ、はじめ!」
最後の模擬試合。
メルビンさんと隊長との戦いが始まった。





