第434話 4時間
前回、セレス様の体に症状が現れたのは、ディアナとエレナさんの試合中。
そして、決着がついた直後に激しく咳込み始めたんだ。
この試合は……。
……。
決着の時間が近づくにつれ、鼓動が早まっていく。
息が浅くなる。
今回は大丈夫!
そう思っているのに、どうしても焦りを感じてしまう。
ただ、そのセレス様は……。
目を輝かせ、試合に見入っている状態。
咳はない。
顔色もいい。
表面上、症状は見られない。
健康そのもの。
……。
ほら、やっぱり問題なんてないんだ。
大丈夫!
……時間遡行してからの4時間。
この腕試しの流れ。
若干の違いはあったものの、ほとんど前回と同じ流れで進んでいる。
ディアナとエレナさんの試合内容も前回の攻防と同じもの。
ただ、セレス様だけは違う。
試合観戦の間、何も食べていないし、飲んでもいない。
当然、ニレキリの毒も口にしていない。
口にしているはずがない。
だから、あの症状が現れるなんて、あり得ないことなんだ。
問題なんて!
ただ……。
そうはいっても、油断できる場面じゃないことも確か。
悲劇が起こったあの時間を乗り切る。
今はそこに注力するのみ。
「「「「「おおぉぉ!!」」」」」
試合は中盤。
ディアナの猛攻をエレナさんが回避し、ふたりが距離をとっている状況。
「セレス様、凄い試合ですよ!」
「ええ、素晴らしいわ。ディアナもエレナさんも」
「まったく目が離せませんね!」
「ほんとに」
ふたりの戦いぶりに興奮を隠せないシア。
セレス様は、やや自制している感じか。
前回とは違うようだ。
「「「「「いいぞぉ!」」」」」
「「「「「頑張れぇ!」」」」」
観衆はかなり熱くなっている。
ヴァーンたちも……。
「普段の態度はでけえけど、あいつもやる時はやるよな」
「ディアナさんの剣の腕は、ヴァーンも良く知ってるでしょ」
「まあそうなんだけどよ。これまでの魔物戦や戦争での戦いと、対人の模擬戦は違うからなぁ」
「おれもそう思う。ディアナさんの動き、今まで見たことがない動きだからさ」
「アルもヴァーンと同じ意見なの」
「ああ、今日のディアナさんは一味違う。だよな、ユーフィリアさん?」
「ええ。いつも以上に気合が入ってる」
「だってさ、姉さん」
「そう……。付き合いの長いユーフィリアさんが言うなら、まあ……」
会話の内容が前回とかなり異なっているな。
試合内容は変わってないのに、不思議なものだ。
「っと、ディアナが動くぞ」
カン、カン!!
響き渡る剣撃音。
カン、カン、カン!!
上段、中断、下段と、ふたりは多彩な剣を交わし合っている。
前回同様の激しく華やかな攻防。
「「「「「おおぉぉ」」」」」
その流麗な動きに魅せられた観客から溜息が漏れる中。
剣撃は続いていく。
「頑張れ、ディアナ!」
「もう一押しだぞ!」
「エレナ、負けんじゃねえ!」
「冒険者の意地を見せてやれ!」
「ふたりとも頑張れ!」
「いいぞ!」
「もっと見せてくれ!」
ワディン、冒険者、エンノアのこの様子。
距離をとり肩で息をしているふたり。
試合は最終盤だ。
あの時間だ!
セレス様は……。
よし!
顔色もいいし、咳もない。
「ふたりとも相当疲れてんな」
「ほんと……。ディアナさん勝てるかしら?」
「やってくれるさ。信じようぜ、姉さん!」
「ええ!」
「ディアナは負けない」
「……みんな、模擬試合の勝敗は気にしなくていいのよ」
「けど、セレスさん。ここまできたら、勝ってほしいだろ」
「それは……」
「それに、ディアナはセレスさんのために戦ってると思うぜ。あいつ、セレスさんのこと大好きだからよ」
「……」
「ところで、コーキはずっと黙ったまんまだな。何か気になることでもあんのか?」
「……まあな」
前回同様の好試合に皆が夢中になるのも理解できる。
実際、今はほとんど全ての観客がディアナとエレナさんの試合だけに集中している状況。
けど、俺だけは警戒を怠るわけにはいかないだろ。
ニレキリの毒のことも、ここで仕掛けてくる者がいないかも!
俺が集中するのはそっちだ。
……。
この状況下で、俺と同じように試合以外に気を取られている者。
セレスさんに意識が向いている者。
そんなやつがいれば、犯人の可能性が高い。
見つけ出してやる。
だから、尻尾を出せ。
いつまでも隠れてないで、表に出てこい!
「覚悟!」
「あんたこそ、観念……しなさい!」
最後の攻防が始まった。
「たぁ!!」
エレナさんの打突。
それを上段から一閃。
カーン!!
叩き落すディアナ。
「終わりだぁ!」
追撃の豪剣がエレナさんの胸元へ。
ガッゴン!!
弾かれた自身の木剣で胸をしたたかに打つエレナさん。
「くっ!!」
全く同じ展開。
何ひとつ変化はない。
「これで最後だ!」
ガゴン!!
「……」
「……」
「それまで!」
試合が終わった。
「「「「「「「「わあぁぁ!!」」」」」」」」
「「「「「「「「おおぉぉ!!」」」」」」」」
ディアナの勝利に沸き立つワディン騎士。
セレス様は!?
「セレス様……?」
「コーキさん、ディアナが勝ちましたよ!」
「……」
「とっても素晴らしい試合でした」
変わることのない血色のよさ。
目にも力がある。
咳もない。
……。
大丈夫だ!
乗り切った!
よし、この時間を切り抜けることができたぞ!
……分かっていた。
ずっと傍で護っていたんだ。
毒を口にしていないことなど、分かっていた。
それでも、不安が完全に消えることはなかった。
俺の感知できない何かが起こっている。
その可能性を否定できなかったから……。
けど、乗り切った。
セレス様を救うことができた!
よかった……。
本当に……。
溢れ出る安堵に、体と心が弛緩してしまう。
……。
……。
いや、駄目だ。
まだ、終わってないんだ!
この後に毒が、襲撃があるかもしれない。
何より、犯人を見つけ出せていないんだからな。
しっかりしろよ!
「「「「「やったぞ!!!」」」」」
「「「「「ディアナ!!!」」」」」
「凄いぞ!」
「ああ、いい試合だった」
盛り上がるワディン騎士。
おかしな動きをする者はいない。
「「「「「「……」」」」」
静まりかえる冒険者たち。
やはり、おかしな様子は見えない。
エンノアも同じ……。
「ディアナ、よくやった!」
「最高だぜ、ディアナさん!」
ヴァーンたちも喜んでいるだけだ。
「……」
今この瞬間、犯人は動いていないと。
「勝ちました! ディアナさん素敵でした! セレス様!」
「ええ」
「さすがです。さすが、ディアナさんですよ!」
「そうね。でも、ちょっと落ち着いて、シア」
「えっ? あっ……すみません」
「謝らなくていいのよ。ただ、ちょっと腕が痛かったから」
「セレス様の腕を、わたし……申し訳ありません」
興奮のあまり、シアがセレス様の腕を引っ張ってしまったようだ。
平和な眺めだな。
「だから、謝らなくてもいいの」
「……はい」
「ふふ、シアったら」
「セレス様……」
「さあ、ディアナを迎えましょ」
「はい!」
試合を終えたディアナが戻って来る。
「「「「「「「「わあぁぁ!!」」」」」」」」
勝者を迎え、また歓声が。
そんな歓声の中。
「コホッ」
……えっ!?





