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30年待たされた異世界転移  作者: 明之 想
第9章  推理篇
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第433話  迫る時



「……ありがとうございます」


 エレナさんから受け取った木皿を片手に、俺に目配せをしてくるセレス様。


「……」


 その問いかけに目で返事を返す。

 絶対に口にしては駄目です、と。


「このような状況ですので一人分しか提供できず、申し訳ないのですが……」


「いえ、そのお気持ちが嬉しいです、エレナさん」


「そんな、そんな……私のような一介の冒険者にもったいないお言葉を」


 という風に恐縮しているが。

 この甘味、恐縮して済むようなものじゃない。


 見た目は日本の餅のような和菓子の形状をしている木皿の上の物体。

 それを鑑定したところ。


 団子:腐敗、毒性。


 結果はこれだ。

 どう考えても、食べちゃいけないだろ。


 しかし、これは?

 セレス様の身を何度も害してきた毒なのか?

 ニレキリの毒なのか?


 ……。


 腐敗という言葉がどうしても気になってしまう。

 ただ、俺の鑑定では腐敗して毒があるという事実しか分からない。


 もっと詳しく鑑定できれば、毒の種類も判明するだろうに……。


「……エレナさん、この甘味はどちらで調達されたものですか?」


「カーンゴルムです。ミルト、エビルズピーク、テポレンの再調査に出る直前に用意したものですね」


「かなりの日数が経過しているのでは?」


 それって、何日前の話だ!


「ええ。でも、大丈夫ですよ。保存食でもありますから」


 大丈夫なわけがない。


「少し前に私も食べましたけど、問題ありませんでしたし……。あっ、その時に食べちゃったので、もう1個しか残ってないんです。すみません」


 だから、謝るのはそこじゃない!


 けど、今のエレナさんの話が事実なら……。


 この甘味は単に腐っているだけなのか?

 鑑定では識別できなかった毒も、食中毒を引き起こす類のもの?

 日本でいう所のサルモネラやカンピロバクター、黄色ブドウ球菌といったようなもの?


 ……。


 ……。


 分からない。

 この材料だけでは何も断定できない。


 ただ……。

 腐敗という鑑定結果、エレナさんの悪びれることもない態度。前回にはなかった流れ。

 こういった状況から考えると、エレナさんが犯人だとは……思えないか。



「なんだ、コーキはこの菓子が腐ってると思ってんのかよ?」


「……」


 遠慮って言葉知らないのか、ヴァーン。

 いや……今は遠慮してる場合じゃないな。


「ちょっと、ヴァーン!」


「何だ?」


「エレナさんに悪いでしょ」


「ん? 普通の会話だろ?」


「ヴァーン……」


「ああ、大丈夫です。私は気にしませんよ。でも、そうですね……。確かに日数が経過してますから、セレスティーヌ様は口にされない方が良いかもしれませんね」


 言われるまでもなく、セレス様が口にすることはない。


「うん、そうだ。この甘味、慣習としてお渡ししますが、受け取るだけで食べないという方向でどうでしょう?」


「よいのですか?」


「もちろんです。この甘味贈呈は勝者を称えるためのものですから」


「……はい」


「あっ、そろそろ次の試合が始まります。では、私はこれで」


 そう言って笑顔で去って行くエレナさん。


「……コーキさん?」


「ええ」


 やはり、彼女が犯人とは思えない。

 セレス様も同じ思いのようだ。




 そんな甘味騒動の後。

 特に問題が起きることもなく、無事に2試合が終わり。


「おっ! 次は女性剣士同士の戦いだぞ!」

「こいつは見逃せねえ」

「ああ、楽しみだ」


 この盛り上がり。

 そう。

 遂に、あの時間がやってきた!



「負けないわよ」


「こちらこそだ」


 前回同様の口上を述べ、相対するふたり。


「はじめ!!」


 ルボルグ隊長の掛け声で始まるディアナとエレナさんの試合。

 最初の攻防が……。


 カン!


 エレナさんによる初撃を迎え撃つディアナ。

 反撃の打突!


 前回の戦いを完全に再現している。


 が、俺の意識は試合にはない。

 これまで以上の濃密な気配探知であやしい動きがないか探り続ける。


 試合場、観客席、広場……。

 意識を拡散させながら、視覚と聴覚はセレス様の周囲に集中。


 かつ、試合展開にも注意を払う。

 セレス様が倒れた、あの場面に備える!


 ニレキリの作用時間は体内に入ってから四半刻後以降。

 前回の流れと同じことが起こっているなら、既にセレス様の体内にはニレキリの毒が入っていることになる。


 が、今回は違う!

 今朝から俺がずっと傍にいてセレス様を護っているんだ。

 セレス様も俺の提供した物以外は口にしていない。


 だから、セレス様の体内にニレキリの毒が存在するなんて、あり得ない。

 今はそんなことあり得ないはず。


 けど、もし……。

 もし、体内にニレキリの毒が入っていたら……。


 俺にはどうすることもできない。


 最悪の想像に、汗が噴き出してくる。


 ……。


 もう時間遡行はできない。

 もし、そんなことがあったら……。


 魔落!

 魔落に行くしかない!

 あの時の止まった神域で、トトメリウス様に助けてもらうしか……。


 エンノアの地下都市は魔落に繋がっている。

 以前フォルディさんに案内してもらった地下通路の奥。

 閉鎖された通路の先に魔落へと続く道があるんだ。


 セレス様にあの症状が現れた後に魔落に走っても間に合うはず。


 そう。

 最悪の場合でも、何とかなる!!


 ……。


 ……。


 はは。

 魔落の存在に心が落ち着くなんて、想像もしていなかったな。



 と、そんな俺の前では。


「「「「「おおぉぉ!!」」」」」


「「「「「うわぁぁ!!」」」」」


 大歓声!

 皆興奮している。


 ということは、今は……。



「すごい、凄いぞ!」

「何だ、あの動き!」

「アクロバティック過ぎだぜ!」

「さすが冒険者。信じられねえ体捌きだ」

「けど、ディアナの突きも凄かったぞ」

「ああ、ふたりともやるなぁ」



 エレナさんが後方回転からの足技でディアナの剣撃を防いだところか。


 ……。


 もうすぐ決着がつく。

 時が迫っている!






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[良い点]  一体どうなるのか……ドキドキ!
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