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30年待たされた異世界転移  作者: 明之 想
第9章  推理篇
434/701

第430話  遺言


<エリシティア視点>




 男装の女性ウィル……。


 ……。


 忘れもしない、あの時。

 街道で賊に襲われていた我らを救ってくれたコーキとジンクのことを。

 そのふたりが護衛していたのが、このウィルだった。


 しかし、そのような者が、なぜヒュッセと共に我が館に?

 コーキも近くにいるのか?



「異国の地キュベルリアでのご健勝なるお姿を拝見し……」


 ウィルのことは気になるが、まずはヒュッセの話を聞かねばならぬ。

 とはいえ。


「そのような挨拶は無用。疾く用件を伝えよ」


 こんな場で、挨拶などは無用。

 形式など要らぬわ。


「はっ。しかし、その前に……」


「何だ?」


「人払いをお願いいたします」


「それも必要ない。ここには信頼のおける者しかおらぬ」


「……」


「疾く申せ」


「……」


「どうした、我が言を疑うのか?」


「いえ……。ですが、事が事だけに」


 やはり、ただ事ではないな。

 だが。


「問題ない!」


「はっ!」


「して、何があった?」


「陛下が……」


 陛下がどうしたというのだ?


「陛下が……崩御されました」


「!?」


 な、んだと!!


「もう一度、申してみよ」


「……陛下がお亡くなりになりました」


「……」


「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」


 信じられない。

 私が黒都を出る時は、御健勝であられたのに。


「……急な病か?」


「いえ」


 ならば。


「兄上の仕業か?」


「……ご賢察の通りにございます」


「っ!?」


「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」


 張りつめた空気で中庭が圧縮されていく。

 内から巻き起こる熱い衝動で、身が焦がされていく。


 兄が、あの兄が……。


 ……。


 ……。


 そこまでするのか!!

 そこまで王位を欲していたのか!!


 にわかには信じがたい。

 が、あの兄ならば……。


 ……。


 許せない。

 到底、許せることじゃない!


 アイスタージウス!

 どうしてくれようぞ!!



「エリシティア様、こちらをお受け取りください」


 ヒュッセが手渡してきた小箱。

 これは……。


「玉璽だな」


「はっ! それこそが陛下の御遺言にございます」


 王位を継ぐのは私だと。

 そう考えておられたと……。


「エリシティア様!」


「分かっておる。ウォーライル、皆を会議室に集めよ」


「ははっ!」





*********************





「コーキさん、ニレキリの所持者を探しましょう」


「……」


 セレス様を手にかけた犯人を見つけ出すために、毒を持つ者を探し出す。

 それが最も確実な方法だというのは分かっている。


 ただ、そんな余裕があるのか?

 時間は残されているのか?


 ……。


 犯人を捕まえることは重要だ。

 実際、ここにいる多くの者は犯人特定こそ最たる要事だと思っているだろう。


 だが、俺は違う。

 俺にとっての最重要事はセレス様を救うこと。

 そして、護り通すこと。


 ならば、ここで時間を消費して良いものか?

 100人以上を調べるのに、どれだけ時間がかかるか分からないのに。

 その上、犯人が今もニレキリの毒を所持しているとも限らないのに。


 もちろん、セレス様がニレキリの毒を口にしたのがついさっきという可能性もある。

 それなら、時間的に余裕もある。


 しかし、それが3時間、4時間前だとしたら?

 余裕なんてない。

 すぐにでも時間遡行を使って、4時間前に戻るべきだ。


「コーキさん?」

「コーキ殿?」

「コーキ!」


 時間遡行が1回しか使えないこの状況。

 失敗が許されない状況で、甘い仮定にすがっている場合じゃない。


 なら、今すぐだろ。


 ただ、少しだけ鑑定を。

 少しでも手掛かりを得られれば。


 その思いで、数分だけ鑑定し……。


「時間遡行!!」







「コーキ!」


「コーキさん!」


「ん?」


 ここは、エンノアに与えられた部屋の中。

 目の前にいるのはヴァーンとアル……。


 4時間前。

 今は7時過ぎの自室か?


「なに呆けてんだ? まだ眠いのかよ?」


「いや……ちょっと考え事をな」


 問題なく4時間前に戻れた。

 なら、一刻も早くセレス様のもとに駆けつけないと!


 とにかく、ここからは俺の提供するもの以外は口にしないように。

 セレス様には、俺が魔法で作り出した水と収納の中にある携帯食、保存食でしのいでもらう。

 犯人を捕まえるまでは、もう妥協なんてできないんだ。


「しっかりしろよ。今日はセレスさんの護衛に加えて模擬試合もあるんだぞ」


「試合に出るつもりはない。それより……セレス様の様子を見に行ってくる!」


「コーキさん、まだ3刻半だぜ。こんな時間に女ばかりの部屋に行ったら、何言われるか?」


「そんな事はどうでもいい」


「おいおい、どうした?」


「じゃあな」


「……何だ、あいつ?」


「昨日とは様子が違うよな」


 ヴァーンとアルの言葉を振り切って外へ、そしてセレス様の部屋へ。



「セレス様、セレス様?」


 扉をノックして呼びかけると。


「先生、どうしたんですか?」


 扉越しに聞こえるのはシアの声。


「セレス様は無事か?」


「えっ、はい。何も問題ありませんけど……」


 そうだよな。

 遡行前もこの時間は何ともなかったのだから。


 ただ、問題は遅効性のニレキリを口にしていないかだ。


「中に入れてもらえるか?」


「今すぐです?」


「ああ」


「ちょっと待ってください。まだ用意できてませんので」


「分かった。それと、セレス様に伝えてくれ。俺が傍に行くまでは何も口にしないようにと」


「……分かりました」


 よし。

 とりあえず、今打てる手は打った。


 あとは、ここから4時間。

 今度こそは決着をつけてやる!





第1章の表紙絵とイラストが完成しました。

もしよければ、見てやってください!

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