第428話 黒都脱出
<ウィル視点>
「ウィルミネア様、今すぐ黒都を出てキュベリッツに向かってください!!」
「……」
黒都カーンゴルムの宿の一室。
私たちが滞在しているその部屋に駆け込んできたのは、陛下の侍従。
一昨日、父……陛下にお会いした時も、その場に同席していた側近のひとりだ。
そんな陛下の側近が顔色を変えて、この宿に?
明後日には、また黒晶宮に足を運ぶ予定になっているというのに?
「そんなに慌てて、どういうことだ? 何があったんだ?」
私の疑問を代弁するのはヴァルター。
黒都滞在中も、ずっと護衛を続けてくれている。
「それが……」
「「「……」」」
やっぱり、ただ事じゃない。
嫌な予感がする。
いったい、何が?
「早朝から街が騒がしいことと関係あるんだよな」
ヴァルターが口にしたように、カーンゴルムの街には多くの兵士が溢れている。
その雰囲気から何かが起こったのだと推測していたけど、私たちに関係あることなの?
「……崩御されました」
「えっ?」
崩御?
「陛下が崩御されました」
「……」
「アイスタージウスの謀反で陛下が……」
そんな……。
嘘だ……。
「おい、陛下が第一王子の手にかかったってことか?」
「……無念です」
嘘だ!
信じられない!!
一昨日会ったばかりなのに。
私にはいないと思っていた父に、やっと会えたのに……。
「ウィル様!?」
「お嬢!?」
カロリナが私の手を握ってくれる。
ヴァルターが気遣ってくれる。
「……」
……そうね。
悲しむのは後でいい。
今は状況の確認が大切。
「それは、事実なのですね」
「……間違いありません」
「そうですか……」
信じたくない。
直接耳にしても、すぐには信じられない。
けれど、これが覆しようのない事実なら、私は……。
でも、どうして?
「私たちが今すぐ黒都を出る必要があるのですか?」
「アイスタージウスの手がウィルミネア様に伸びる可能性がありますので」
「あの王子がお嬢を捕まえに来るってことかよ?」
「その可能性は低くないかと……」
「お嬢のことは陛下と僅かな側近しか知らないはずだろ。どうして王子が?」
一昨日の謁見は正式なものではなく、秘密裏に行われたもの。
私の存在はまだ秘密にしておいた方が良いということで、王宮内の特別室で行われたのだ。
それなのに、第一王子が私のことを知っている?
「おそらく、今はまだ知られていないと思います。ただ、相手はあの狡猾なアイスタージウスです。ウィルミネア様の情報を入手する危険性を否定できません」
「……」
「知られてしまうと……」
「お嬢が捕まり、その後は……最悪の事態が待ってるってことだな」
「……はい」
父である陛下を手にかけただけでなく、私のことも……。
「ですので、今すぐ黒都を出てキュベリッツに向かってください」
「通りにはこんだけ兵が溢れているのに、無事に外に出れるのか? そもそも城門は開いているのか?」
「城門は閉鎖されているでしょう。ですが、極秘の脱出路が存在しますから」
「そこを通ってカーンゴルムの外に出ると?」
「その通りです」
「……お嬢、黒都を出ましょうか?」
目の前にいる侍従が全面的に信用できる相手とは限らない。
けれど、陛下に信用され重用されていた彼の言葉。そして今の状況的にも……。
「ウィル様、私も脱出した方が良いと思います」
「……分かりました。ここを出ましょう」
「ってことだ、案内を頼むぜ」
「はい! ただ、その前にこれを」
彼が取り出したのは、絢爛な装飾が施されたとても立派な箱。
片手で持てるほどの大きさではあるものの、非常に高価なものだと一目で分かる。
「これは?」
「どうぞ、お開けください」
これまでの人生で見たこともないような豪華な箱に、恐る恐る手を触れ開いてみると……。
「……」
「……国璽?」
「ウィルミネア様、こちらは王位の証たる玉璽にございます」
偽物には見えない。
本物の玉璽なの?
「どうして、これをあなたが?」
「陛下に託されました」
「そんな余裕があったのか?」
「陛下は常に非常時に備えておりましたので」
「で、これをどうしろと? お嬢にレザンジュの王になれとでもいうのかよ?」
「……勝手なこととは存じておりますが、白都にいらっしゃるエリシティア様に届けていただきたいのです」
コーキさんと白都に向かっていたあの道中で出会ったエリシティア様。
異母姉であるエリシティア様にこの玉璽を……。
……。
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<エリシティア視点>
「ギリオン殿の腕、見事なもので」
「ああ、大したものだ」
力に頼った荒い剣ではあるが、それでも上手く使いこなしておる。
大口を叩くだけのことはある、ということか。
「ウォーライルよ、そなたが戦ったらどうかな?」
「……簡単ではありませんね」
なるほど。
勝つ自信があると。
「戦ってみるか」
「いえ、ギリオン殿も疲れているでしょうし」
「ふむ、もう5試合目であったな」
我が騎士たちと剣を交わしたいというギリオンの希望をかなえるために開いた即席の剣合わせ。その大言が嘘でないことを、存分に見せてくれた。
が、さすがに疲労が溜まっているか?
「姫様、オレはまだまだやれるぜ!」
中庭の中央で仁王立ちのギリオン。
息は荒いものの、まだまだ活力が漲っておる。
「次の相手は誰だ?」
「ウォーライルよ、まだやれそうだぞ」
「……」
「早く出てこねえと、身体が冷えちまうぜ」
「どうだ?」
「……では、次は私が」
「ふむ、楽しませてもらおう」
「はっ」
ウォーライルとギリオン。
これは楽しみだ。
キュベルリアでの滞在が想像以上に長引き無聊をかこっておったが、ギリオンが我が屋敷に来てからというもの、退屈が消えたような日々になっている。
その中でも、この試合には心が躍るものがあるではないか。





